第12話 喧噪の中
駅の構内は早朝にもかかわらず多くの乗客で溢れていた。
梅さんはその様子に圧倒されたようで落ち着きなくきょろきょろと辺りを見回しながら、私の肩に回した手に力を入れた。
ズシリと首から肩にかけて何とも言えない重い感じがする。
憑かれるとはこういうことなのか。
新幹線ホームまで来ると人影はまばらとなって梅さんもやや落ち着きを取り戻し、私の肩の重みも幾分ましになった気がする。
やはり平日にして良かった。自由席にもまだ空席が目立ち私たちは無事に2列席を陣取ることができた。梅さんは窓側の席に座り私の腕にしがみ付いている。背負わなくても体のどこか一部がくっついていたら大丈夫なようだ。
流れるような車窓の景色をじっと見つめていた梅さんがぽつりぽつりと語りだした。
「広いねぇ、外というのはこんなに広かったんだね。私が生きていた時代は今とはだいぶん違っていたんだろうね。もし目が見えていたら違った人生だったのかね」
「いや違うね、ごめん。何だか感傷的になってしまって。死んで目が見えるようになったことを喜ばなくちゃね。こうやって生きた時代の未来が見えるんだから。今日は本当にありがとう。でも、紗季ちゃんは私が憑いていて本当に大丈夫なのかい」
「うん、梅、、、」あっ、いけない。今私が声に出して返事をすると他の乗客に怪しまれてしまうんだった。慌ててシャツのポケットからスマホを取り出して返事を打つ。
「うん、大丈夫だよ梅さん。梅さんこそ絶対に私から離れないでね。」
「分かってるよ。ビルから出る前にみんなから念を押されたからね。」と、スマホを覗いて梅さんが返事をする。
夜の茶会の仲間たちは亡くなった際に心残りがあったために所謂成仏ができなかった。そして、何故だか私が住むビルから離れられなくなってしまったそうだ。でも、生きている人に憑くことで自由に何処へでも出かけることができる。
ただし、外出中にその憑いた人から完全に離れてしまうと自分の過去の記憶を無くして永遠に辺りを浮遊することになってしまうらしい。
それだけは避けたい。
こうやって座席に座っている時はいいけれどこれから先は人ごみの中を無事に移動しなくてはいけない。やっぱり背負うのが一番安全なのだろうか。
梅さんと私を繋ぐことのできる紐でもあればいいのに。
車窓からの眺めがいつのまにか硬いコンクリートの景色に変わり新大阪到着のアナウンスが流れてきた。
緊張気味の梅さんを背負うとやはりズシリと重い感じがしたが、梅さんは私の大切な友人だ。
「うん、今日一日頑張ろう」と、心の中で呟く。
そして梅さんに小さな声で「今日を良い日にしようね」と、言うと梅さんは緊張しながらも笑顔で頷いた。
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