第11話 梅さんとの旅路のはじまり
今日は梅さんと一緒にトラの魂を探す旅に出る。
眠い目を押し開けてよたよたとキッチンに行き、冷蔵庫からよく冷えた栄養ドリンクを取り出し一気に飲み干す。
「まずーい!」ドリンク剤特有の何とも言えない甘みと臭いが苦手で思わず声が出た。でも、これが疲れがたまっているときには一番良く効く。
昨日は夜勤明けで帰ってからずっと寝ていたのだが体のリズムが戻らず鉛の掛物を羽織っているようで辛い。窓の外を見ると雨は降っていないが空はどんよりとした雲に覆われていて、何だか自分と重なって感じる。
まあ、梅雨なんだから仕方ないか。そういえば梅さんの雨と書いて梅雨なんだ。それに梅さんとトラの出会いも梅雨の時期だった。梅さんの雨が悲しい涙ではなくトラとの再会のうれし涙となりますようにと願う。
時計は5時過ぎを示している。梅さんはいつの間にか私の部屋に来ていて落ち着きのない様子で窓の外を見たりベッドの端にちょこんと正座をしたり、はたまた洗面台の鏡をのぞいたりもしている。鏡に梅さんの姿は映らないのだけどどうにも落ち着かない様子だ。
私は手早く着替えを済ませいつものように適当な化粧をして準備を整えた。そうそう、赤印を付けた大阪周辺の地図も忘れずにショルダーバッグに入れる。
「梅さん、お待たせ。さあ、そろそろ出かけようか」
「う~。やっぱり止めとこうよう」と、不安いっぱいの表情で梅さんが言う。
「いや、行こう。梅さん、ちょっとした旅だと思えばいいんじゃないかな。」
「でも~、やっぱりいいよ。いかない。」
今朝の梅さんはまるで駄々っ子のようだ。
「新幹線に乗れば1時間半ほどで大阪に着くんだから、とりあえず行ってみようよ。今から行って今日中に帰ってこよう。大阪見物の気分で行こうよ。私も久しぶりに大阪に行きたいんだから」
「でも~、紗季ちゃんに何か障りが出たら後悔のしようもないよ」
「私は、私の思いでするんだから梅さんが心配しなくてもいいの。行かなければ私の心残りが増えるだけなんだから。大丈夫。私の直感がそう言っているの。私の直感は当たるんだから。大丈夫。私は梅さんと行きたい。」
何度も同じようなやり取りをした後に梅さんが渋々ではあるものの何とか頷いてくれた。
梅さんが背後から私の肩にそっと手をまわしておぶさった。
「全然重くないね」
「そりゃあそうだろう」と、梅さんが後ろから笑いながら答えたがその声には緊張が感じられた。
ビルから一歩外に出て空を見上げると、覆っていた雲はいつの間にか流れ去っていて朝陽がその光を私たちに届けていた。
さあ、出発だ。
今日のこの日が私たちにとって最高の日となりますように。
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