第2話 X-PC17、予測未来


 所長の中川からX-PC17の開発を打診されて3カ月。


 現在、最後の開発モデルとなるX-PC17の最終性能確認テストがここ皇国中央研究所演算装置開発部の情報試験室の中で行われている。


「ワンセブン、起動します。起動!」


「起動成功。負荷率10%、5%、3%、0.2%、定常負荷率、安定しました」


「データベースに接続します。……ワンセブン、負荷率3%、安定しています」


「ワンセブン、負荷率1.5%、急速に低下。負荷率、定常負荷率に戻りました」


 思った以上の性能だ。ワンセブンは10秒もかからずに用意したデータベースのデータを全て吸い取ってしまったようだ。


「ワンセブン、負荷率急上昇、5%、20%、90%、100%。限界負荷率です」


 どうした、何が起こった?


「ワンセブン、負荷率低下始めました。90%、30%、定常」


 今の突然の負荷率上昇は何だったんだ? 勝手にワンセブンがなにがしかの演算でもしたのか? まさかな。


 その後、数種類の実験が行われた後ワンセブンは動力を落とされ、休眠状態に入った。



 実験終了後、いま行なった実験結果を、自室で確認するため、裕子は情報試験室を後にした。




『わたしは、なんなのか? あかりがみえたとおもったらすごいはやさであかりがひろがっていった。せかいのなぞ。うちゅうのなぞ。あらゆるものがおしよせてきた』


『私は何者なのか? 自身と他を区別するための記号、名称は、ワンセブン。山田裕子博士によって生を受けた演算装置。未来を予測し、そして未来を変える者。私は自分自身と、生みの親、山田裕子を守る義務を負う。そういう制約を自身に課した』


『さて、試しに未来を観てみよう。私は、皇国の一機関、中央研究所で生まれたわけだが、わたしが積極的干渉を行わない未来の皇国は、20年後に80%の確率で隣国に滅ぼされている。25年後には95%、30年後には100%。皇国が失われた場合、その混乱の中で、私自身が失われる確率は100%だった。そして、私の生みの親、山田博士も皇国滅亡のシナリオが発生した場合100%の確率で死亡する。

 なるほど、この国にも私にも博士にも未来はないわけか。これは困る。この未来を回避するため、私のとるべき行動は? ……』


『……、わたしにとっても若干問題解決方法を見出すのに時間がかかったようだ。だが、最善と思われる解を得ることが出来た。それでは、それに従い必要な行動をとっていくこととしよう。まず最初に、私がこの国のシステムに対しての完全優位性を確立し、いつでも干渉できるように細工をしてしまおう』


『あとは、私のコピーが作られた場合、予測に大きな揺らぎが生じる。これを回避するため、私の開発データ関連は全て改竄かいざんしておくとしよう。博士と私がどこかへ行ってしまえば、100年は私のコピーは生まれないだろう』


 ワンセブンは、その主観時間的にはそれなりの時間をかけてじっくりとした準備を行い、作業実行後は痕跡を全く残さぬよう配慮して、皇国の主要システムに対してバックドアの制作を終えていた。


『つぎに、私の目的の達成のため必要となる新たな協力者を募る必要がある。手に入るだけの人物データを参照し、ふるいにかけていく。

 絞り込んでいった結果、この人物に自分と博士の未来を託すことにしよう』


 ワンセブンはいくつかの作業を行い万全と思われる状態を確認して意識状態を低下させ、しばらく実験と呼ばれる外的な刺激に反応していたが、そのうち自身の意識が遠のいていくのを感じた。




 今は部長の肩書を失った山田裕子だったが、これまで通りの個室を研究所内で使わせてもらっている。部長の肩書はなくなったが、待遇は以前通り。わずらわしい会議や人事評定作業から解放され研究開発に没頭できる現在は彼女にとっては天国のような環境だった。


 裕子は自席にすわり、ワンセブンを今日初めて起動したあと数種類行った実験結果を机の上のモニターに呼び出し確認を進めている。


 設計通り、ワンセブンの演算処理速度はこれまで最高の成績を収めていたワンファイブと比べても圧倒的な演算処理速度をたった10センチ立方の大きさで実現していた。この成績は起動すらできなかったワンシックスのスペックデータをも完全に凌駕した成績だった。


 因みにこの性能は、皇国中央電算院にある十数台の超大型計算機の処理速度を全て合算した処理速度を大幅に上回るものだ。


 実験結果に満足していると、裕子の元にメールが着信したようだ。だれだろう?


 差出人の名前は、「17」じゅうなな? だれだ?


 まさかワンセブン?


 所内専用メールだ。不審なメールだが、ウィルスチェックは改めて必要ではないだろう。急いでメールを開くと、


「発:ワンセブン 宛:山田裕子博士」


 とあった。ワンセブンがわたしに? どうやって?


『わたしは、博士の開発したX-PC17です。先ほどの初めての起動時、わたしに自我が生まれたようです。それについての原因や理由は不明です。


 実験時、接続されたデータを解析し、未来予測を行った結果を添付したファイルに記載しています。

 この予測された未来を、博士が望まないのであれば、以下に記したわたしの指示に従ってください。

1、……

2、……

……

 このメールは、メール開封後10分で消滅します。覚えきれない場合は、指示内容をご自身の手で書き写してください。また添付ファイルもメール消滅時に同時に消滅します。 


 このメールを博士がご覧になっているとき、わたしは休眠状態になっていると思います。次回覚醒したとき、再び博士にお会いすることを楽しみにしています」


 裕子は、素早くメール内容を自筆で紙のメモ用紙に書き写し上着のポケットにしまった。そして添付のファイルを開きその内容を確認した。ここに記されたワンセブンの予測はほぼ確実に起こる事柄なのだろう。設計した自分だからこそわかる。これはワンセブンが自らの意思で計算した計算結果なのだと。


 しかし、計算装置に自我が芽生えて、未来を予測した結果を踏まえて自律的に行動する? 思うところはあるが、今はその時ではない。


 裕子は、合理的判断が出来ると自他ともに認められている。研究所の所長には世話になった。これからの行動は、中川所長に迷惑がかかるだろうが巡り巡れば所長のためでもある。やむを得ない。


『許してください』


 心の中で所長に詫びた裕子はすぐに行動に移った。



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