第90話 ビュッセン
「ふー。やっと終わった。討伐系の依頼と違って護衛系はやっぱり気が抜けないや。報告が終わってやっと一息って感じだね」
ギルドから一歩外へ出ると、冒険者特有の緊張感のある空気が周囲から消え体と心が軽くなる。
やっと解放された感じだ。
「お疲れ様でした。タカヤさん。私は護衛ではなく今回は護って貰う方でしたから……。でもフェオン会長の言うことは本当でした」
「?」
「間違いなくタカヤさんの近くが一番安全でした。ポシルちゃんもいましたし。有難うございます」
アーグラとイーグラの件で迷惑を掛けてしまったが、それでも道中の睡眠の質など普段とは段違いだったようだ。
特に男性冒険者からも身を守りながらの依頼は精神的にきついらしく、今回は非常に安心して過ごせたらしい。
うん。なんだろう。男としてそれでいいのか?
『いいんですよ。マスター。でも、たまに視線が下にいってましたけどね』
はい。すみません。
フィーネが笑顔のまま頭を下げる。
髪の毛からふわりと花の香りが鼻腔を刺激し、トクンと心臓が高鳴る。ポシルのリンス効果がしっかり効いているみたいだ。
(この世界でこの香水のように香るのは反則だな……。逆に心配になるよ……)
「うん。僕もフィーネがいて良かったよ」
そう言うとフィーネの頬が少し赤く染まった。
この依頼で何を得られたかと聞かれれば、間違いなく1つはフィーネと出会えたことだろう。
今後パーティを組むことはないと思うが、この王都で友人が出来た事は非常に大きい。
「そっそう言えば、宿。宿に行くんでしたよね」
フィーネは顔の赤みをごまかすように、顔の向きを変える。
暑くはないがパタパタと手で顔を扇いでいる。
「あぁ。そう言えばフェオンさんに紹介してもらった宿があるんだった」
「ちょっと見せてもらえますか?」
そう言うとフィーネがフェオンさんからもらった宿のメモに目を通す。
「ここなら私わかりますよ」
「案内。頼めるかな?」
「はい!もちろんです。こちらです!」
そう言うとフィーネは顔をこちらに向けないまま先に歩き出した。
「ここです」
ギルドからそう遠くない大通りに面した宿の前で、フィーネが止まる。
そこには『一番亭』と書かれた看板の掛かる高級なホテルような建物がそびえ立っていた。
「でか……」
大通りに面している建物の数軒分はあるだろう建物は、上品な装飾が施された豪邸のような宿と言うよりもホテルであった。
「ここ『一番亭』は大通りに面する宿の中で最も格式の高い宿なんですよ。確かグレードに合わせて八番亭まである宿で、この大通りには三番亭まであります。見た目こんな感じなんで、一番亭って聞いて王都の人なら知らない人はいない宿なんです。さすがフェオンさん紹介の宿ですね!」
なんだかフィーネのテンションが少し高い。王都の中でも観光名所的な宿なんだろうな。
てかこんな高級宿なんて聞いてないんだけど……。
「そうなんだ……。そうだ。フィーネのうちは?折角だし家まで送るよ。」
そう言うとフィーネの顔が一瞬曇る。
「あ、私は…今度。一人で帰れるんでここで大丈夫です。今度王都も案内しますね。タカヤさん。ありがとうございました」
そう言って急に走り出すフィーネ。
「あっ……。変なこと言っちゃたかな」
「おうち。見られたくなかったんでしょうか。また会えるといいですね。マスター」
「うん」
突然の別れになってしまったが、この王都にいるいじょう、同じ冒険者。同士ギルドで会えるだろう。
その時ちゃんと謝ろう。
肩で心配そうに体を寄せるポシルをひと撫でし、気持ちを切り替え宿へと入った。
「いらっしゃいませ。冒険者のタカヤ様でございますね」
宿へと入るとすぐに執事服のような服を着た男に声をかけられる。ドアマンというより支配人といった佇まいだ。
そしてこの人相当強い。只者ではない雰囲気がその立ち姿からも感じられる。
「はい。タカヤですが。どうして……?」
「これは失礼いたしました。当宿の支配人ビュッセンと申します。フェオン商会。フェオン会頭より、本日よりタカヤ様がご宿泊されると言付かっております。タカヤ様は肩にグリーンスライムのテイムスライムをお乗せになっていると特徴を伺っておりますので、間違いないかと思い。お声をかけさせて頂きました」
どうやらフェオンさんが既に伝えてくれていたらしい。
そしてやはりこの人物は支配人らしい。一介の冒険者に支配人自ら対応するってフェオンさんって王都でも相当の立場の人ってことか……。
「なるほど。フェオンさんに紹介いただいたんですが、まさかこんなに立派な宿だとは……。この通り服装も護衛依頼終わりで装備姿ですし、この子も一緒なんですが」
「えぇ。全て承っておりますよ。破損などはご負担頂きますが、大型でなければテイムモンスターももちろん一緒にお泊まりいただけます。そしてこの宿はギルドからも近く、高ランクの冒険者の皆様のご利用も多くございます。装備姿なのは言わば制服姿と同義と考えております。もちろん血だらけの装備はご遠慮いただいておりますがね」
ビュッセンさんが慣れた様子で説明し。にこりと笑顔を作る。
その姿は宿泊客の不安を一掃するのに十分な安心感を与えるものだった。
「さて。お疲れでしょう。こんな場所で立ち話をさせてしまい申し訳ございません。既に支払いは頂いております。お部屋にご案内させて頂きますので、ゆっくりとお寛ぎ下さい」
チリンとビュッセンさんがベルを鳴らすと、控えていた係の人が近づき部屋まで案内してくれた。
こんな高級宿の支払いまでしてくれていたとは……。
命の恩人ではあるのだろうが、なんだか申し訳なく感じるのは、元日本人の性なのだろう。
そして……あとチップは必要なんだろうか……。
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