第89話 格差社会

「はい。これで依頼報告は全て完了です。タカヤ様。護衛依頼お疲れ様でした」


 下の階よりも遥かに少なく、そして明らかにベテラン風の冒険者が増えた2階は、冒険者のランクピラミッドではやっと1つ上に上がったくらいではあるが、その一つに大きな差を感じる。


 同時に受付嬢のランクも階によって違うのかと思ったが、フィーネ曰くそうではないらしく、そこは目を掛けている担当の冒険者のランクに合わせて受付嬢が移動しているらしい。

 さすが王都の受付だ。成績や出会いに直結するだけに冒険者は常に期待性も含めて受付嬢達に査定されるいるみたいだ……。


「有難う御座います」


「あら?タカヤ様はこの依頼の達成を持ってBランクへの昇格事項の残りは講義の受講とその後の試験だけですね。丁度明日講義がありますがご予約されますか?9つ鐘から2鐘程の講義となりますが……」


 報酬を受け取り、帰ろうとしたタイミングで手元の資料を見ていた受付嬢が講義について説明を始める。


「ではお願いします。明日9つ鐘ですね」


「はい。ではこちらの受付表を持って、こちらにお越しいただければご案内致します」


 受付表を受け取り、今度こそフィーネの待つテーブルへと向かう。

 ここは各階にテーブルと椅子が用意され各階にあるバーで軽い食事や酒を注文することが出来るようになっている。

 テーブルへ向かうとすでにフィーネが幸せそうな顔で、コップを傾けていた。


「お待たせ」


「あっタカヤさん。もう終わったんですね」


「うん。下より空いてたからね。フィーネは何飲んでるの?」


「これですね。これはオレンジジュースです。ここのオレンジジュースは濃厚で冷たくて絶品なんですよ!ここに帰ってきたらまず1杯!もう楽しみすぎて……っあ。すみませんタカヤさんも待たずに……」


 興奮気味にジュースを説明していたフィーネが、急にシュンっと頭を下げる。

 どうやら楽しみすぎて先に飲んだことを申し訳なく思ってしまったようだ。


「へー。それはいいことを聞いた。僕も買ってこようかな」


「あっ!そうなんです。ホントすっごく美味しいんです。買ってきます!」


「えっフィーネ?自分で……行っちゃったね」


『はい。でも護衛任務中のフィーネ様より明るいです。やっぱり帰ってこれて嬉しいんでしょうね』


 飛び出していったフィーネが、バーに並んでいるのを見ながらグリーンスライムとなったポシルの触手と戯れる。

 大型の従魔は外に繋がれているが、ポシルくらいの大きさの従魔ならば問題なく連れてこれる。


 取り出した小さな木の実を指で弾くと、ポシルが触手で弾き返す。

 うん。ポシルも随分触手使いが上手くなった。これで触手というスキルが発現していないのが不思議だ。


 ペシ

 パシッ


 ペシ

 パシッ


 ペシ

 パシッ


 ペシペシ

 パシパシッ


 ペシペシ

 パシパシッ


「……さん。タカヤさん!」


「あっ……」


 つい熱中してしまった。

 ポシルとの木の実ラリーも2個の木の実を割れないように魔力で保護して打ち返すという、無駄に高度な技術を使用して続けられていた。


 気付けば、ジュースを持ったフィーネが頬を膨らませていた。


「もうっ。何やっているんですか。こんなところで!」


 フィーネの言葉に周りを見ればラリーを見守っていたのか、一斉に周囲の冒険者達から歓声が上がった


「おーにいちゃん。すげースライムだな!」

「いいもん見せてもらったぜ!」

「きゃー。スライム可愛い!」

「おらっにいちゃんこれでそのスライムになんか買ってやってくれ!」


 次々と歓声と共に、硬貨がテーブルに投げられそれを器用にポシルがキャッチする。

 そして、それを面白がりまた硬貨が投げられる。そしてテーブルいっぱいに硬貨が積み上げられやっと冒険者達が解散した。


 どうやら王都の冒険者はいい人達のようだ。


「これ…ジュース代」


 そしてジュースを両手にしばらく立っていたフィーネに、積み重なった硬貨の一山を無言で差し出す。


 ポシルも触手を添えていることからも、悪いと思っているのだろう。

 ジュース20杯分以上はある。心ゆくまでジュースを飲んでいただきたい。


「こんなにいりませんよ。もう……。ポシルちゃんにまでそんなことされたら怒るに怒れないじゃないですか」


「まぁそう言わずに。せっかく貰った物だしね。それにこれもありがと」


 ジュースを受け取り、無理やり硬貨を渡す。


 おぉ。これはホントに美味しい。

 濃厚な搾りたてのオレンジジュースだ。しかもこの世界では珍しく、キンキンに冷えている。

 これにはポシルも満足のようで、触手をストローのようにしてジュースを吸い上げ今はオレンジ色になった体を細かく左右に揺らしていた。


「ここのバーって、2階以上は魔石のエネルギーで冷やす装置があるですよ。だから飲食は2階以上がお勧めなんです」


 フィーネが言うには、2階以上で差をつける事で早くランクアップしたいと言う意識を高める効果があり。このシステムを導入してから依頼の達成率は大幅に上がり、フィーネも必死に依頼をこなしたらしい。


 ちなみに4階まで階段で上がるのは、高ランクの冒険者からすれば全く苦になるような物ではなく、上階の静かさや受けられるサービス。そして上から下を見下ろす優越感が勝るらしい……。


 まぁ富豪の心理と似たような物だな。

 この世界も格差社会のようだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る