第77話 象徴
ゲースルがいた一番奥の部屋
その部屋の最も奥の岩壁の小さな出っ張った岩を押すと、大きな音を立て仕掛けが作動する。
すると正面の壁が開き、奥へと続く通路が現れた。
「これは凄いな」
その仕掛けもさることながら、おそらくは4年以上もここに居たゲースルも気付かないほど、全くもって違和感を感じられないその精巧な作りに、レプラコーン一族の職人としてのレベルの高さを感じさせた。
レプラコーンサイズのための1m程の高さしかないその通路を四つん這いになりながら進むと、通路の先から明かりが漏れている。
そして通路を抜けた先は、月光と星に照らされた幻想的な空間となっていた。
『マスター?』
あまりにも幻想的なその光景に無言のまま空を見上げていると、ポシルが肩を叩き触腕で前方を指し示す。
月に丸く照らされた土の上。
レプラコーン達は、悲しげにその照らされた土を手ですくい土の感触を確かめていた。
「ここは元々我らの畑と、命霊草という植物の栽培場でありました」
ワニルの奥さんが、土の塊を手で割りながら涙をこぼした。
「そして命霊草を材料に、我らレプラコーンしか作れない装飾品。身がわりの腕輪。この度のお礼に是非こちらをお持ち下さい。奴らめに見つからぬよう最後の材料で作り上げたもの。どうぞお受け取り下され」
「そんな貴重なものを?命霊草はもうないんじゃ……」
「いやいや。今はこのように何もないですが幸いな事に種子は少しですが、残っております。これから皆で力を合わせもう一度育てていきます」
そう言って小さな布袋から出した種子を、寂しそうな表情で手のひらで軽く転がした。
”命霊草の種子”
月の光と太陽の光を集め生命力を凝縮した植物の種子。
命霊草は、草とつくが真っ白な大きな花が咲く。
その花びらが素材となる。
超希少植物で、一部の妖精種が育てているとされる花。
元々ここは、全体に命霊草が広がる。更に美しく幻想的な空間だった。
その失われた景色を思い出し、ある者は泣き崩れ、ある者は再びその景色を取り戻すために新たな決意を胸に真剣な眼差しを向けていた。
『マスター?』
突然ワニルに向かい歩きだし、視線を合わせるように膝を曲げた僕をポシルが心配そうに、体を揺らす。
(出来るかな。うん。出来るな)
「ワニルさん。一つ私に種を頂けませんか?」
貴重な数少ない命霊草の種子を何故欲しがるのか、そんな表情を一瞬浮かべたワニルが、種子を一つ掴みゆっくりと差し出す。
「タカヤ殿は、無償で我々を救ってくれた恩人。ここ以外の月の光では芽吹く事もないでしょうが、何か考えがあるのでしょうな。どうぞお受け取り下され」
この世界に来てから、何度かこういう直感が働く時がある。
差し出された種子を大事に受け取り、月の光が最も強く当たる空洞の中心へと歩を進める。
「ポシル。出来るだけ生命力を回復させるポーションを作って貰える?」
『はい。マスター。すでにここに』
そう言って体内からスライムの幕で包まれた液体が手渡された。
「これは?」
『マスターが命に関わる程のダメージを受けた際、いつでも回復出来るように作っていたポーションです。すぐに使うのでしたら、手足も臓器の再生も可能です』
あー。
そうか。まだまだポシルの能力を侮ってたか……。
うん。予想以上。たしかに手足の再生可能って言ってたしな、だから臓器だって……。
まあポシルだしね。
「うん。最高だよ。ありがと」
肩にいるポシルを撫でると、いつものように身を小さく振るわせる。
次に求めるときは、これ以上のポーションが出来ているのだろう。
ポシルの現在の最高品質のポーションで、予感はやはり正しいのだと確信する。
そして、その幕の中に種子を入れ、液体に種子を浮かべる。
【時空魔法】
種子を月の光に当て、時間を加速させる。
ズンっと重力を感じるほど、種子から生命力が溢れだすと、一気に種子が芽吹いた。
【土魔法】
そして手を土に乗せ、魔力を込め一気に土壌を回復させた。
「なっ……。なんと!種子がっ!種子がもう芽吹いた。それに土も蘇っている。そんな…こんな事…」
心配そうに見守っていたワニルが、ふらふらと近寄り手元にある芽吹いた種子を見つめる。
「しかし!これ以上は太陽の光を長きに渡り浴びせなければ…」
「はい。だからこうします」
たしかに命霊草の種子の解析結果には、月の光と太陽の光を集めたとあった。
だからこそ、芽吹き更に時間を加速させ4枚葉となった芽を土に植え、その上にあるものをかざした。
「それは!」
ワニルの叫ぶような声と同時に、かざされた赤く輝く宝石のような石が割れ、中の液体が葉にかかり、根元の土に吸収された。
【時空魔法】
そして吸収された事を確認し、時を加速させた瞬間。
『マスター!』
「あぁ。成功だ」
そこには真っ白な花びらを持つ、一輪の大輪の花が月光に照らされ幻想的に咲き誇っていた。
「おっおっおっお……。命霊草。我等が命霊草が再び。再びこの地に…」
気付けば、命霊草の周囲をレプラコーン達が囲み、片膝を付き祈りを捧げるかのように両手を顔の前で組み目を閉じていた。
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