第67話 男って……

「セリナ…さん?」


ドンっと勢いよく置かれた手は、何故か両肩を猛禽類のように拘束し、明確に逃さないという意思を感じる。


「タカヤさん。私、今日はもうこれであがりなんですが、少々お時間いただいてもよろしいでしょうか?」


「えっ?セリ……」


「あら?クルイト。今日は終わりですよね」


「あっはい。そういえば本日は、午後よりセリナ先輩は休暇でしたね。はい。忘れておりました。午後の諸々も全て、わたくしが引き継いでましたね。はいっ」


「そうよね。有難うクルイト。記憶力の良い後輩を持って私も嬉しいわ」


あれー。

おかしいな。なんだろう。この茶番……。


セリナさんに鋭い視線を向けられたクルイトさんが、小動物のようになって午後の全ての雑事を強制的に押し付けられたような……。


恐るべき縦社会を見た気がするぞ。


「さっ行きましょう。タカヤさん」


掴んでいた手の力がフッと軽くなり、耳元でセリナさんの吐息まじりのささやきが聞こえる。


そして顔を近付けられたことで背中に感じる柔らかい感触。


「えっと……。はい。」


わざとです?


そのまま腕を組まれ拘束されたままギルドから出ていく。


セリナさんの奇行に、先ほどまで首突きだなんだと言っていた冒険者達の怨嗟の視線が、背中に突き刺さる。


「おばさま!一部屋お借りします!」


そう言って空き部屋の鍵を、ひったくるようにして掴んだセリナさんに引きづられるように階段を上り部屋へと入ると、ガチャリと鍵が閉められた。


「えっと……セリナさん?」


普通の男ならここで、盛大な勘違いをするだろう。

これはチャンスだと!!


だがしかし!


僕には前科がある。だから一切の勘違いなどあり得ない!


「ふー。やっと二人きりですね」


あれ?もしかしてもしかするのか


「そう…ですね」


「タカヤさん。ううん。ここでは私は受付嬢のセリナではなくて、ただの女としてのセリナ。だからタカヤくんって呼ぶわね。でねタカヤくん」


表情が一層真剣な表情になる。その潤んだ瞳は常に僕の瞳の奥を捉えている。

受付嬢でもなく、姉としてのセリナさんでもないってことですね!


『ポシル。もしかするとちょっとモンスターBOXの中に入ってもらうかもしれない』


『マスター?んー。わかりました。その時が来たら言ってくださいね……』


『あぁ!』


「はい。なんでしょうかセリナさん」


「えっと…そんなに畏まられると言いにくいんだけどね……」


「そんなに緊張しないでください。僕まで緊張しちゃいます」


セリナさんは、顔を赤くし、言いづらそうに視線を落とす。


「うん。じゃあ言うね」


「はい」


来た!


『ポシル…』


「そのサラッさらな髪ってどうやって手入れしたの!」


「モンスターBO……Xには入らなくていいみたい…です!!」


「ん?モンスターBOX?」


しっしまったーーーーーーーーーーーー。


つい間違えて念話と会話をごちゃ混ぜに!


『マスター……』


「いやいやっ。なんでもないです。ホント何でもないんです。それよりも髪ってどう言うことなんです?」


必死で顔の前で手を振り誤魔化し、無理やり本題に戻す。


セリナさんも切羽詰ってるみたいだし、どうでも良いことには興味ないだろう。


「あのね。今日ギルドマスターの部屋に行くタカヤくんを見かけた時、すぐに気付いたの。凄い身綺麗だし、何よりもその髪の毛の艶。それにさっきギルドで軽く触れたけど、どうしたらそんなにサラサラな髪になるの⁈私もう気になって気になって仕事が手につかないの!」


セリナさんは頬を手で挟みながら、男の子に聞くなんて恥ずかしいじゃない。っと身をくねらせる。


あぁ。だからクルイトさんに無理やり仕事を押し付けたんですね……。

ごめんなさいクルイトさん。原因を作ったのは間違いなく僕でした。


確かに下水からフェオンさんのところに行く前に、劇的な変化があった。

そう…ポシルクリーニングだ。


『ポシル?』


『はい。マスター。セリナ様にもできますよ?』


『あぁやっぱり?』


『服とか脱いでもらいます?それとも溶かします?溶かします?』


えっ?何言ってんのポシルさん!それも2回!


『なーんてスライムジョークです。でもどちらでも大丈夫ですよ。それにセリナ様を綺麗にすることはきっとマスターのためになりますよ』


うん。この子はきっとスライムじゃない。

おかしいなぁ。目を瞑れば普通に主人をいじるのが大好きなメイドな少女と話している自分がいる。


『おk。ポシル。溶かさない方向で行こう。服は着たままNO18禁!健全な方向で。まあセリナさんにポシルの能力は内緒にしてもらえばいいか』


『はい。セリナ様なら信用できると思います』


「セリナさん」


「はいっ」


「ちょっとそこへ座ってもらえますか?」


そう言ってベッドを指差すと、セリナさんは期待に目を輝かせながら素直にベッドに腰かけた。


「髪の毛の手入れ…と言うか綺麗にする方法は教えられます。でもそのためにはセリナさんに秘…」


「しますっ!絶対に誰にも言いません。漏らしません!」


「えっとセリナさん?なんかキャラ変わってません?…まぁなら良いでしょう。では……」


もの凄い食い気味なセリナさんに、少々キャラ崩壊を感じるが、そこは今は気にしないでおこう。


『ポシル』


「はい!」


合図と共にポシルの体が肥大化し、天井ギリギリで停止する。


「えっポシルちゃん?」


もちろんギルドの受付嬢として、すでに数々の僕の持ち込む厄介事を処理しているセリナさんは、ポシルがただのグリーンスライムではなく、僕の特別なスライムである事は知っている。


しかし、突然の巨大化は予想外だったらしく、そのままベッドの上で座った状態で固まった。


「はい。ポシルで間違いないですよ。ささっ。どうぞ中へ」


ポシルが大きな卵の正面が扉のように開いた状態……正しくは、巨大なスライムが大きく口を開けて待ち構えている状態の口の中へと入るようにセリナさんへ念話と触腕で促すと、グッと後ろに腰を引かせセリナさんが抵抗を見せる。


「えっとタカヤくん?もしかしてポシルちゃんの中に入れって言ってるの?冗談よね?」


「いえいえ。サラッサラな髪になるため必要な事ですので、大丈夫ですよ。息も吸えますし結構気持ちいいですから。ささっどうぞどうぞ」


背中を押し、立たせるとそのままポシルの中へと歩みを進ませる。

そして1歩また1歩とゆっくりとポシルの中へ入ったところで、ポシルが口を閉じセリナさんを包み込んだ。


『いきますよー』


ポシルが掛け声と共にクリーニングを始めた瞬間。


『んっ。えっ?んん〜。はぁぁぁ。あっ。そこっ…はだめ。あっ ん〜』


ちょちょちょちょっとポシル?ポシルさん?中の声聞こえないはずだよね⁈マッサージだよね!


『んふふ。中の声を念話でお届けしてます。頭皮だけでなく、全身くまなく軟体マッサージでほぐさせて頂いてます。お仕事柄ですね。すっごい硬いです。なので念入りに…』


『あ〜っ。んっ〜』


『……マッサージして終了です』


そして、パカっとポシルの口が開くと中から崩れ落ちるようにしてセリナさんが出てきた。

服を含め、全身の余分な汚れや垢が取り除かれ、先ほどよりも若干色白となり、そして肝心の髪は、見事にコシ・ハリ・ツヤと共にエンジェルリングが蘇ったセリナさんの求めた通りのサラ艶な髪となっていた。


細かく痙攣しながら、完全に放心状態のセリナさんの肩を叩く。


「セリナさん」


「ひゃいっ。……タカヤくん?」


「はい」


正気を取り戻したセリナさんの表情がキッと締まり、何事もなかったかのように立ち上がる。


「礼を言うわ。有難う。でもね、ここで見たことは絶対に内緒よ」


「はい。もちろんです」


その鬼気迫る表情に、僕はそう答えるしかなかった。

しかし、心の中で僕は叫んでいた。「ありがとう!」と。


*************************


ちょうどおすすめレビュー ★1,000突破に合わせて、閑話的な話です。

皆さま本当に有難うございます。

まさかこんなにも多くの皆さまに評価いただけるとは思っていませんでした。


お陰様で異世界ファンタジーランキングにて

週間 3位

日間 2位

にランクインしております。有難うございます。


引き続き宜しくお願いします。


もしまだの方はフォローやおすすめレビューを頂けると嬉しいです。

もちろんレビューコメントもお待ちしています。


実はあることの伏線にもつながる話しなので、ドキドキしながら読んでもらえると嬉しいです。








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