第55話 放射線状に飛ぶ何か…

「えーと。それでどうしたんですか?っていうより。怒ってらっしゃいます?」


 明らかに不機嫌な人に、怒ってらっしゃいます?なんて聞くアホがどこにいるって思っていましたが、はい。此処にいました。


 こうなると、言葉が見つからないです。


 助けてください。お願いします。


 そんな馬鹿な事を考えていると、セリナさんはゆっくりと口を開いた。


「あの日も帰り際に少しでもお話できるとも思っていたのに、気付いたらすでに帰っていましたし。Cランクに上がられたので、比較的ソロでもこなせる様な依頼を探して、いつでも紹介できる様に準備してましたのに、1週間も音沙汰がないのでもしかしたらなんて考えてしまっていたり、もう心配で心配でしょうがありませんでした!」


 ゆっくりの口調から始まり、徐々徐々に早口になっていき最後は、まくしたてる様に話すセリナさん。


 これはあれか?あれなのか?


 いやいや。ギルドの看板受付嬢だぞ。会ってまだ数日だぞ。


 確かに最初から顔も好みだし、スタイルなんていう事ないし、性格だってもうこれ以上ないくらいいいし。


 意識してなかったと言えば嘘になるし。

 いやいやいや。これはまさか行けるのか?

 よし!行こう。

 すぐ行こう。


 このまま行かなきゃ男が廃る!


「セリ「実の弟の様に心配してるんです!ちゃんと顔くらい見せてください!」ナさ」


「へっ!?」

「えっ?」


「弟?」

「弟 」


『マスターのお姉ちゃんなんですか?』


 おわー。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎるぞこれ。


 確かに確かに今までのセリナさんの接し方を思い出すと、好きな相手に対する態度というより、身内に近い接し方だった。


 その最たるものが、今日のさっきまでの態度だ。


 仁王立ちで説教しようとするなんて、まさに姉ちゃんが僕に説教する時の光景のまんまじゃないか!


『ポシル!違うよ!セリナさんはお姉ちゃんじゃないよ!』


「だいたいタカヤさんは、パーティもいなければ、身内もいないんです。もしもの時に動くのが遅くなるといけないので、1週間も休むのなら一言教えて下さいね。あいにくギルドから幸腹亭が近いのが幸いして、今日も安否を確認することができましたが」


 心の中で、ポシルと恥ずかしさを紛らわすため念話をしていると、セリナさんが必要以上に心配した理由を教えてくれた。


 どうやら通常は、依頼や迷宮などで帰ってこない場合帰宅予定日もしくは、次の日には身内が報告し、救助を求める際は全滅で音信不通になるか、パーティメンバーの誰かが救助を求めてくるらしく。


 身内もパーティメンバーもいない、僕が音信不通になると、宿屋で確認するしかなくなるとのことだった。


 そして、僕はこの街に来てから毎日の様にギルドや街の外に行っていたため、音信不通が3日も続くと何かあったんじゃないかと思われ、4日目に僕がフラフラしているタイミングで、ラーダさんに宿泊の確認を入れていたそうだ。


 それから更に3日、とうとう僕がテラスにいることがセリナさんの耳に入り、現在に至ったという事だった。


「全く!おば様もおば様で、ちゃんと泊まっていて休暇を取っているだけだと、私に教えてくれればいいのに」


「おば様? おば様って誰のことですか?」


「ん?ラーダおば様よ。《幸腹亭》の女将の」


 あれ?あれあれ。なんかこの短い時間になんか色々と予想外のところの僕の相関図が埋まった様な気がする。


 ラーダさんの宿に泊まっている年下新人冒険者……なるほど弟的感覚も理解できる…かな?


「えーと。ラーダさんはセリナさんのおば。セリナさんはラーダさんの姪。OK?」


「えっええ。OKがよく分かりませんが。その通りですね」


 そう言うと先程頼んだ黄茶に口をつける。

「だからk ぶっ‼︎‼︎


 急に抑えた手の中に、黄茶を吹き出し、手の平から放射線状に飛沫が広がる。

そしてそれをもろに被る。


はい。人によってはご褒美です。

まあ僕は違うんだけどね。


 そしてテーブルをバンバンと叩き悶絶しはじめた。


「セリナさんっ!だ大丈夫ですか?」


 すぐに一緒に置いてあった水をセリナさんに渡すが、その顔は強烈に酸っぱい梅干しを一気に食べた時の様な顔になっていた。


「あっ!」

『あ〜。マスター。レモネクエ草のお茶頼んだんですね……」


 やってしまった。やってしまった。


 ーレモネクエ草ー

 ※少量でも非常に酸味の強く、エキスを抽出し飲めば疲労回復が見込める。

 普通でも非常に酸っぱく感じるが、摂取側の疲労度が高いほど段階的に酸っぱくなる。


 この世界でも有数の酸っぱさを誇る植物、レモネクエ草。僕は転移前からとにかく酸っぱいものが好きで、ミカンがわりにレモンを食べていたくらいだ。


 だからこそ、ここで黄茶を発見した時から、完全に嵌まってしまい。ちょくちょく飲みに来ている。


 しかもこれは通常の薄めたものでなく僕仕様の黄茶……。


『マスター。ハンドサインで同じもの頼んでましたもんね』


『そうだね。確かに"同じもので。"って心で言いながらハンドサイン出したよ!』


『そうだ!』


 酸味を甘味に変えるイメージ。

 マジックフルーツの主成分である糖タンパク質であるミラクリン。


 これは舌の味蕾と結合することで酸味を甘味に変換する。今回は魔法でそれを再現する。集中し水属性の魔力を元に酸味や苦味、辛味やジブみが甘味に変わるイメージを込める。イメージがあれば何でも出来る!


【甘味水】!


 1cmほどの水玉が手の平で浮いている。

 それを口に含むよう。

 セリナさんの口元に持っていくと、するりと口の中に入っていった。


「甘っ!!甘いです!」


 今度は甘さで悶えるセリナさん。

 ごくごくと水を飲み干しコップを空にする。


 元が酸っぱ過ぎたせいで、逆に甘過ぎた様だ……。

 無味で良かったんじゃないか?


 酸っぱいの後の甘い甘い地獄を味わったセリナさんだが、疲れの取れたスッキリとした顔をしていた。


 すごいなレモネクエ草!

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