第54話 テンプレハンター

 ランクをCに上げて1週間。


 幸腹亭の宿泊を更に1週間更新した以外、ほとんどお金を使っていない。そして増えてもいない。


 街に来て数日の間に、色々あり過ぎた。


 その割には、この街で行ったところといえば出店と宿屋の《幸腹亭》、道具屋の《狐屋》、教会しかないので、この1週間は街の中を散策したり、図書館に行って常識を少しでも勉強したりと、戦いから少し離れた生活を送っている。


 ただ奴隷商会にはいっていない。

 あの後ギランさんにフェオンさんの居場所を聞いて訪ねたが、忙しいらしく1週間後に来るようにと【赤月の護り】とは違う護衛の人に言われ、メモだけ残してきていた。


「ほんと平和だね。僕は、事件引き寄せ体質じゃない事がこれで証明されたしね」


 ここ1週間の街中散策で見つけた。広場に隣接する喫茶店で、軽食を摘みながらこの1週間を振り返る。


 この広場、北門からだと大通りからギルドの建物を通り過ぎたすぐ先にある。


 この街のシンボルとも言える時計塔の足元にある広場で、中央に大きな噴水があり、カップルたちの格好のデートスポットとなっている。


 そしてその広場を一望できる位置にあるのが、テラス席も備えたこの喫茶店『喫茶 鐘の』だ。


 喫茶店といってもコーヒーは一般的ではなく、様々なハーブのような植物から作るお茶と、クッキーのような甘味と軽食を楽しめる。


 この世界。

 緑茶は勿論、紅茶も存在する。

 しかしこれは、あくまでも色が何色かというだけで、味は使う植物によって様々であり、今は強烈な酸味が癖になり、疲労回復に効果があると言われているレモネクエ草から煎れた黄色のお茶を楽しんでいる。


 他にもリラックス効果のある甘めの茶褐色のお茶や、頭がスッキリする苦味のある青っぽいお茶なんていうものもあり、なかなか面白い。


 そしてこのテラス席は、なんと従魔も一緒に食事ができるのだ。


 この世界、モンスターテイマーはあのゴーバの仲間以外にも勿論いる。


 そんなモンスターテイマーがテイムし、躾た小型の魔物は、従魔として従属の首輪や従属紋をつける事で、一般の人々にも売られている。つまりモンスターをペット化して売っていると言う事だ。


 周りを見渡すと、各色各属性のノーマルスライムに、フォレストラビットやフェレットやイタチによく似たビッグウィーズルなど、低レベル帯のペット化された魔物と食事を楽しむ風景が目に映る。


 まぁポシルも普段から別に隠す必要はないのだが、緊急の時ポシルの存在が見えていないのは大きなアドバンテージになる。


 だからこそ、ここでは堂々とポシルを愛でる事ができるのだ。


 ポシルはいつもの透明色から、今は定番になったグリーンスライムになって素直に甘えていた。


『そうですね。マスター。この1週間わざと路地裏にフラフラと入ってみたり、夜の酒場でジュースやミルクを頼んでみたり。色々やってましたね』


 呆れるように、この1週間を振り返るポシルは言葉では呆れながらも、緑色の体を左右に楽しげに揺らしている。


 ポシルは常に一緒にいれて、いろんな事が出来た事が心底嬉しいようで、この1週間非常に機嫌が良い。


「そう。路地裏で姉妹が男共に攫われそうになったり。荒くれ者が小さいナイフ片手にカツアゲしてきたり。夜の酒場で『おいおいここはガキの来るようなところじゃないぜ。帰ってママのミルクでも飲んでな』なんて事が起きるんじゃないかと思って通ってみたけど。何にも起きない平和な1週間だったね」


 この路地裏と酒場以外にも、スラム街や、市場、勿論教会にも行き参拝もした。


 そしてクイートの街の領主館にも行き、門で護衛している兵士さんにも声をかけイベントのスイッチを探して回っていた。


 結果どのスイッチも踏み抜く事はなく、さらにフラグが立つような事もなく、一週間という日々は平和に過ぎていった。


『そうですね。マスターの言う通り、主人公体質じゃないって事ですね』


「主人公体質なんて言葉、何故知っているかはこの際置いておいて、僕はちょっと神様から優遇してもらった一般人って事だね」


 何故かスイデンの言った引き寄せ体質と言う言葉が、妙に引っかかり、今回の休みはギルドにも寄らずただひたすらにテンプレハンターを目指し行動していた。


 しかし!

 僕にはそうそうテンプレ展開は起きない事が、証明されたのだ!

 無言で右手を握りしめ、顔の前でガッツポーズを作る。


 しかしすぐ近く…何故か自分のすぐ後ろから危険が迫っている事をぼくは感じていた……。


「ターカーヤーさーん」


 少々どすの利いた声に振り返ると、そこには美しくも恐ろしい、冷気を纏ったギルドの看板受付嬢。


 《危険察知》は全く機能していないが、脳内では危険を知らせるアラームが鳴り響いている。


 組んだ腕は、その豊満な2つの双丘を更に強調し、僕は座っている為、下から見上げる形になる。


 そしてその素晴らしい双丘の間から、冷たい視線を嫌でも確認させ、細かく体を震わせる。


「セリナ……さん?」

「はいセリナです」


 にこりと組んだ腕をほどき、つまんだスカートを少し上げ優雅に挨拶を交わす。


「タカヤさん?どうして1週間もギルドをお避けになるのです?」


 抑揚のない喋り。そして答えを求めているのか微動だにしない。


 怒ってる。すっごい怒ってる。

 何故だ?わからない!


「どうもセリナさん。え〜っとですね。何故と言われるとちょこっと怒濤の如く過ぎていく日々から抜けだそうかと?」「すみませんでした!!」


 とりあえず全力で体を90度に曲げ、頭を下げ謝ることにする。怒ってる知り合いには、まずは謝るこれ大事。


 そのおかげでか、小さくセリナさんは息を吐き出し、緊張感が少しだけ緩んだ。


 ずっと立たせているのも申し訳ないので、対面の椅子をゆっくりと引き、無言で席に座るように促す。


 ハンドサインで、店員にとりあえず同じの物を持って来てもらえるよう伝え、セリナさんの顔に視線を戻す。


 そこには先程の絶対零度の視線から、少し困惑するような顔に変わったセリナさんが座っていた。

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