第6章 実践 第11話

 最後の頼みは、砂防ダム下にいる後田と松山だ。


 瀬名の発砲音で、すでに銃を構えて砂防ダムの脇を睨んでいた後田の目に、最初のメスジカの頭が見えた瞬間に柴田の一発目の銃声が聞こえた。


 命中したのかとリブから目を離したのがいけなかった。


 後田の一発目は、やはり最初の大型のメスを狙ったが、一度リブから目が離れてしまっていては、狙ったところに着弾するはずもなく、これもまた見事に失中してしまった。


 二発目で砂防ダムの脇を通り抜けるシカを狙えばもしかすれば命中したかも知れないが、何頭来ているのかも情報はなく、最初に撃った大型のメスジカにこだわってしまったため、二発目も外してしまった。


 松山も同様で、完全にリブから目が離れて、シカばかりを見ている状況だった。結局、二発撃ったが、失中してしまった。


 結局、四人は全員が二発ずつ撃って一発も命中させることができなかったのだ。


 シカの群れは、下流へ走れば黒澤の前へ、尾根を乗り越えれば坂爪と竹山のところへと抜けて行くと予想しての配置であったが、複数の発砲音でパニックを起こしたシカの群れは、後田の直ぐ脇を走り抜けて、左岸側へと抜けてしまった。


 発砲音が止み、静けさが戻ったところで、勢子の山里から無線が入った。


「そろそろ、射手の位置に到着します。脱包して終了してください。脱包したら、上の射手から状況を送ってください」


「瀬名です。六頭来て、逃がしました」


「柴山です。僕のところも同じです」


「後田です。同じく逃がしました。六頭とも左岸側に抜けてしまいました」


「松山です。後田君と同じです」


「坂爪です。その他の発砲はありません」


「了解しました。それでは車に移動してください」

 スタッフは、まさに狙いどおりの結果に満足している。


 至近距離で、しかも四人が二発ずつ発砲して一頭も倒せなかったことで、四人はガッカリするとともに、失敗した申し訳なさでいっぱいだった。


 ようやく発砲する機会がありながら、失中してしまった瀬名は、涙を浮かべながら悔しがっている。


「まぁ、こんなこともあるさ」

 と一言だけ山里が言うと、あとは終日黙っていた。


 その沈黙は、彼らにはこれまで経験したことのない大きな重圧となっていた。

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