第6章 実践 第4話
百発百中は夢の数字ではない。それにしても、ライセンスを取得して一年目でこの結果である。段階を踏んで、計画的に訓練した結果があまりにも上手く行き過ぎていることを、黒澤らは心配していた。
射撃はもちろんのこと、無線の使い方、配置位置での動きなど、教えたとおりにやっているので叱るようなところはない。
それでも、この時期の成功で天狗になってしまうことを懸念していた。
「簡単だ」などと思い込んでしまえば、それ以上の向上はなくなってしまう。自信をもつのは良いことだが、過信するのは良くない。
若いの四人にそのように受け止めさせるには、圧倒的な力の差を見せつけるか、失敗してもらうことが必要なのだ。
唯一発砲の機会がなかった瀬名は、三人に先を越されたことを盛んに悔しがって、「次こそは!」と気合いが入っているが、その焦りが事故にも繋がりかねないのだ。
そこで、スタッフは、まずは圧倒することで、上には上があることを見せることを計画した。
まずは、ライフル銃の性能を最大限に生かした遠距離射撃を見せようとなった。
昼飯を対岸が遠望できる場所とりながら、双眼鏡を使ってシカの姿を探した。
「おっ!あそこに二頭いるぞ」
と黒澤が言うと、学生たちはすでにスイッチが入っているので、
「どこですか」
と食いついてくる。
細かく場所を指示すると、
「いた!」
と瀬名が最初に発見した。
それに続いて、後田、柴山、松山とシカを発見した。
黒澤がレーザー距離計を取り出して、距離を計測すると二百八十メートルと表示される。
「遠いな・・・」
と後田がつぶやく。
「ライフルなら射程内だろ」
と黒澤が、山里と坂爪に話を振る。
「そうですね。枝さえ抜ければ、十分行けますね」
と坂爪が答える。
「えっ!あれを撃つんですか」
と後田が驚く。
「まぁ、構えて見ないと分からないけれどね。北海道のような場所なら、枝もなくて五百メートル先のエゾシカを撃つっていう人もいるけれど、このような山だとどうしても木の枝が邪魔して撃てないからね」
「五百メートル・・・」
「まぁ、ちょっとやって見せてやれば」
と黒澤がけしかける。
「じゃ、山里さんカバーお願いします」
「了解」
そう言うと、二人は適当な場所を選んで、銃を立木に委託してシカを狙いはじめた。
「俺、左のメスを狙います。山里さん、右をお願いします」
「了解」
「じゃ、枝が抜けそうなら、タイミングで撃ちます」
「いつでもいいよ」
しばらくの間、坂爪はシカが動くのを待っていた。
シカは、三百メートル近く離れた対岸から狙われているとは夢にも思っていないだろう。
左のシカは、ササを食べながら周囲を警戒している。その様子は、双眼鏡の中で手が届くような感じで見えている。
モゴモゴと動く口の様子が良く見える。そのシカが次のササを食べようと一歩前へ進んだ瞬間に、ダーン!という銃声が響いた。
その音が谺する前に、左のシカは前脚を折るようにその場にしゃがみこんだ。
直ぐ隣にいたシカは、銃声に驚いたようだが、何が起こったのかわからずにその場に立ちすくんでいる様子だった、双眼鏡で見ていた全員がそちらのシカの方向へ視線を動かした瞬間、二発目のダーン!という銃声が響いた。
シカは、飛び上がるような仕草を見せて、下の方へと走った。
全員が、その姿を双眼鏡で探すが、視野の狭い双眼鏡では追い切れていない。
「逃がした」と四人が思った時、
「心臓付近に命中しているから、下で倒れているよ」
と山里が言った。
「えっ、命中した場所がわかるんですか?」
松山が驚いて聞き返した。
「あぁ、スコープの中で、しっかり見えていたから大丈夫」
「そうですね。俺の方からも見えていました」
と坂爪が言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます