第5章 危機管理 第19話
逆にやってはいけなこととしては、『喫煙』がある。
タバコを吸わない人は、タバコを吸う人の臭いがわかる。
人にも分かる臭いを獣が気づかないはずはない。また、臭いを現場に残さない方が良いのは当然ということで、一カ所での作業時間が長くなることを戒めている。
雨の中では、臭いは流れるどころか地面に張り付くように残るので、余程でない限り雨中での設置は行わない。
これは、探索犬の訓練からの応用だった。
多くの犬訓練士が一番臭いを採りやすいのは雨上がりだと言うのだ。
逆に臭いを採りにくいのは風の日とのことだ。
設置したワナも押し流す川の流れのように水量があれば臭いも流れるが、雨では臭いを貼り付ける効果はあっても流すことはできない。ちょっと水を撒いた程度では逆効果だというところからマニュアルに入れられた。
このマニュアルがあればワナは新人でも問題なく仕掛け、成果を残すことができる。
しかし、これを普及させようとすることを嫌がる人たちもいるということを学生たちもすでに知っている。
被害農家を捕獲従事者とするには、くくりワナよりも箱ワナの方が安全で合理的である。
そのために、箱ワナの運用についてもマニュアル化されているが、ワイルドライフマネージメント社の捕獲作業では、餌の管理が必須となるため、自動通報システムの省力化のメリットも発揮できないことから特殊な現場以外、運用することはない。
それでも、被害農家には非常に役立つ虎の巻だろう。
箱ワナの設置する場所の選び方、餌の種類、撒き方、止め刺しの方法など、おそらくは女性でも実践可能と考えられる方法が示されているが、一例を挙げれば、
「餌は複数の種類を用意する」とか「イノシシの口のサイズに合わせて小さくする」
などがある。
餌のサイズについての説明を聞いた時には、そこまで考えるのかと呆れもしたが、如何にもワイルドライフマネージメント社らしい合理的なこだわりを感じる。
「イノシシの口って、漢字で書くと『猪口』ってなる。
お猪口って、小さいよね。イノシシの口って思いの外小さくて、大きい餌だとくわえて箱ワナの外へ持ち出してゆっくり食べようとする。
でも、小さくしておくと、くわえて持ち出せないから箱ワナの中に長く留まることになるから捕獲の確率が高まる」
というのだ。
イノシシの口が小さいっていうことを、昔の人は知っていたことになる。
現代人の我々は、それを知らない。
先人からの教えがどこかで途絶えてしまっているのだ。
行政からの依頼で、被害農家を対象としたワナ講習会なども開催しているが、被害農家が単独で実施できるようになると、周辺の狩猟者からは狩猟期の獲物が減るということで、農家への捕獲許可を取り消すようにと苦情を言ってくる事例もある。
狩猟では、豊猟であることが好ましい。
許可捕獲のように行政から、その費用を支払われる捕獲とは異なり、狩猟税を支払って、狩猟登録をして狩猟を行う狩猟者にしてみれば、被害対策で捕獲されてしまうと、自分達の獲物が減ると考えるのだ。
まだ自分らが関わって捕獲しているのであれば、捕獲報償費もあるので、そのような苦情はでない。
しかし、農家が単独で設置から処理までできるようになってしまうと、自分たちの活躍の場は失われる。
そればかりか、捕獲報償費も入らなくなる。
そうなれば、面白くないのは人情かも知れないが、妨害するに至っては、『野生鳥獣による農業被害の幇助罪(?)』で取り締まって欲しいとまで被害農家に思われても仕方ない。
被害者に寄り添う姿勢がなければ、狩猟者として期待されている被害軽減という社会的な貢献という役割も否定されて、余計に世間からは疎んじられてしまいかねない。
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