第5章 危機管理 第18話

 学校に戻ってからの講義でも、誤解や理解されていない事例について話題となった。


 技術的にも誤解や理解されていない事例は多い。シャープシューティングの例などは、その代表だろう。ワナ猟でもいろいろな誤解や無理解がある。


 生息密度と捕獲方法との間には、把握しておくべき関係が存在している。


 囲いワナやドロップネット、箱ワナでは、餌による誘引が必要となる。


 また一度に多くの頭数を捕獲することを狙った猟具であることから、生息密度の高い地域には適するが、密度の低い場所では誘引の効果も低く経済性からも運用が難しい。


 くくりワナであれば、多少生息密度が低くても運用するメリットはある。


 一方で、生息密度の高いところで銃を使うと、追い散らすことにもつながる。銃は、生息密度の低いところでその有効性を発揮できる。


 そのような基本的な関係を把握せずにワナを運用することで、無駄を積み重ねている事例は多い。


 大型の囲いワナを設置したが、周囲の生息密度が低く、まったく捕獲できなかったなどという失敗事例は表に出ないだけで、全国各地にある失敗例だ。


 獣害対策でニュースになるのは、若干の成功例だけである。


 失敗を報道するお人好しはいない。


 しかし、本当に成功している現場も実はニュースになることはない。


 被害実感がないからこそ、そこに住む人たちにとってはニュース性の全くない日常でしかないからだ。


 一網打尽にするべく人工知能を使ったり、各種センサーを使った扉を管理したりするシステムも開発、運用されているが、それらはあくまでも省力化が目的であって、その装置をつけたからといって、シカがじゃんじゃんワナに入るなどというものではない。


 ワナに入るかどうかは、設置場所や誘引物などの技術的問題であり、基本的なことが理解されていないため、高額な機材を購入しても、結局ほとんど獲れないという事例も多い。


 その結果、その道具は役に立たないとか使えた代物じゃないという悪評へと繋がっていく。結局は運用する人間の能力の問題なのだが、自分を悪く言う人は少ないのが世の常だろう。


 くくりワナでも、誤解はある。


 ワイルドライフマネージメント社が警備会社と開発した自動通報システムも、先の道具と同じで、このシステムを装着したからバンバン獲れるというものではなく、見回りの省力化が目的のシステムであり、結局捕獲できるかどうかは、ワナを設置する従事者の能力次第ということになる。


 しかしながら、ワイルドライフマネージメント社では、くくりワナでの捕獲は新人の仕事と考えられている。


 ワナの設置に関するノウハウがマニュアル化されていて、そのとおりに設置すればそれなりの結果を残せるのだ。プラスアルファが本人の努力ということになるが、その捕獲効率は、一般狩猟者と比べると約四倍の効率で捕獲している。


 ワナは、仕掛けて掛かるのを待つという受け身の猟具と思われるが、そのマニュアルではまるで銃猟のように機動力をもたせて、能動的にワナに掛けるという運用が書かれている。


 一例を紹介すれば、四日間で捕獲のないワナは移動させるとある。


 シカの新しい足跡を確認して、そこへ移設することで、翌日には確実に捕獲するという運用をしている。


 また一度捕獲があるとその現場は荒れることから、続けての捕獲は難しい。

 そのため、必ずとなりの獣道や新たに通るであろう場所を予測して移設するのだ。


 この方法には、ドリフト式という名称もついているが、このような積極的な運用で、ワナに掛かるのを待つのではなく、ワナで獲りに行くという姿勢を重要視している。

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