第5章 危機管理 第17話
帰路、学生がイノシシ探索犬のことについて、その感想を語り合った。
「あのような犬がいれば、イノシシ対策って簡単ですね」
柴山は、少々興奮気味に語りかけた。
「そう簡単じゃないよ。今日は上手くいったけれど、逃げられることもあるからね。それに、人によっては、探索犬の動きを見て、『使えない』って思うからね。実際、『この犬では使えない』って事業から排除されてしまったこともあるからね」
「どうしてですか」
「まぁ、その人にとっては、イノシシを追う犬でなければダメだという思い込みがあって、猟犬とは全く違う動きをする探索犬の役割を理解できなかったんだと思う」
「そんなぁ・・・、その人の思い込みと誤解じゃないですか」
「そうだね。でもそれをしっかり伝えられないのはこちらの責任でもあるからね。行政や研究者って、探索犬っていうともう完璧な犬って思っていて、基本訓練から、足跡追求訓練まで終わっていれば何でもできるって思っちゃうんだ。
犬も生き物だから、個性もあれば体調が良い時もあれば悪いときもある。機械じゃないんだから、百パーセントの完成品ですなんて言えないよね。
人間だって、大学でたら完成って変だろう。でも犬を知らない人には、それが理解できないんだろうな」
「そうかぁ、今まで自分が見たことのないものだから、猟犬のイメージで評価すると、トコトコと歩いてる犬を見れば、『こいつ、やる気あるのかよ』って思ってしまうかも・・・」
瀬名が、犬がかわいそうという表情をしながら、つぶやいた。
「でも、それってもったいないよな」
学生は、坂爪の説明を聞くと、理解されない探索犬のことを盛んに残念がった。
「ある意味、ワイルドライフマネージメント社の技術や考え方が進みすぎていて、それを周囲が理解できないという面もあるかもな」
と言ったのは、松山だった。
「そうかぁ、猟犬と探索犬の違いを理解することができないのかもな」
と柴山がつぶやいた。
「でもさ、俺たちは、その価値が分かる。これって、すごくねぇ」
と後田がはしゃぎ気味に加わった。
「探索犬のアイディアをはじめに聞いた時は、俺にもイノシシの行動や生態に関する知識は乏しかったから、そんなことできるのかなぁと思っていたし、猟犬とのイメージの違いを意識しながら訓練して、ようやく自信がもてるようになったくらいだから、猟犬の動きしか知らない人がみてもダメ犬としか見えないのだろうなって思っている」
と坂爪は、自分の過去を振り返りながら語った。
犬の能力を捕獲に活かすというのは、太古の昔から行われてきた技術だ。
しかし、日本人は欧米人のように犬を道具として改良するようなことはなかった。
セントバーナードからチワワまで大きさの違いにはじまり、ダックスフントのように巣穴に潜り込んで獲物を追い出すように改良された犬もいれば、ヨークシャーテリアのように納屋のネズミ獲り用として改良された犬であったり、ラブラドールレトリバーのように水鳥の回収のために作られた犬であったりと、目的に応じてダイナミックに改良されたような犬種は日本にはいない。
猿害対策としてサルを追い払うモンキードッグも良くマスコミに紹介されていたが、最近ではあまり聞かない。成功事例もあるようだが、日本では犬を獣害対策に用いようとする取り組みが中途半端な感がある。
そのような中で、坂爪が訓練し、運用しているイノシシ探索犬は、学生の目から見ても優れたツールであることは確かだった。
しかし、それを理解することができない人や理解しようともしない人もいる。
こういった無理解に絶えながらも、着実に成果をあげていくワイルドライフマネージメント社のスタッフの姿勢に憧れずにはいられなかった。
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