第5章 危機管理 第12話

 すでにイノシシ探索犬については、坂爪から聞いていたが、その運用を実際に関西地方の丘陵地帯で見る機会があった。


 被害農家へのワナの設置についての講習会を開催したとき、参加者から被害に困っているので現場をみて指導して欲しいという要望があった。


 たまたま、その地域においてイノシシの被害対策事業を請け負っていることもあり、捕獲許可手続きも済んでいたことから、その現場を見せてもらうことになったのだ。


 事前の下見で、加害個体は多くても数頭の親子らしいことが足跡などの痕跡から読み取れた。このような場合には、確実にその加害個体を捕獲することで、被害を食い止めることができる。


 ワナの設置について直接現場で指導を受けたいというのが被害農家からの依頼ではあったが、ここはイノシシ探索犬の運用が最適と判断し、ワナの設置について指導も行うが、あわせて探索犬を使った捕獲を提案した。


 被害農家が断る理由などありはしない。ともかく、農作物を荒らす憎いイノシシを何とかして欲しいというのが切実な思いなのだ。


 当日、イノシシが掘り返した畑は、柴山が中学校時代に見た祖父の畑と同じであった。明日には収穫できそうな作物が、食い荒らされたばかりか、耕耘機で無秩序にかき回したような跡を見ると、被害農家の心中が痛いほど伝わってくる。


 その現場から追跡を開始することになったが、周辺の様子を見ながら坂爪が、他のスタッフとの打ち合わせをはじめた。


「おそらく、あの山の沢筋か頂上近くの枝尾根に寝屋があって、山の裏側には行ってないと思う。竹山さんは、松山君と瀬名さんを連れて、あの鞍部に左の尾根から行って待機してください。


 武井さんは、後田君とこの沢筋から山頂右の出尾根にお願いします。僕は、柴山君を連れて、ここから追跡します。イノシシが走ったら、無線で知らせます。発砲の際には、矢先にくれぐれも注意してください」


「了解」

 スタッフと学生は、それぞれの配置へと向かっていった。


 配置につくまでの間に、柴山は坂爪に訪ねた。


「どうして、山の裏側には行ってないと考えるのですか」


「あぁ、こちら側が陽の当たる斜面だからだよ。寒いところで寝るのって嫌だろ」


「なるほど。それから、竹山さんや武井さんの配置はどうしてあの場所なんですか」


「我々は、下流側から接近するから、イノシシが気づけば尾根越えで山の裏側に逃げようとするでしょう。その通り道を塞ぐためだよ。実際に行った二人に聞いてもらうのが一番だけれど、あのあたりに獣道が必ずあるから」


「へぇ~、ここにいて分かっちゃうんですか」


「あぁ、野生動物もきつい登りは辛いから、人間が歩くのと同じで、楽に歩けるところを選ぶからね。ただし、猟犬に追われると、道とは無関係に慌てて逃げることもあるけれどね」

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