第5章 危機管理 第13話

 しばらくすると、竹山、武井から相次いで「配置についた」との無線が入った。


「じゃ、行こうか」


となんの気負いもなく、イノシシ探索犬を放すと、そのあとについて歩いていくだけである。


 犬は、前方三十メートル以上離れることがなく、いつでもその姿が視野に入っている。時折、坂爪の様子をうかがいながら、前へ前へと導いていく。


「臭いに乗ったな」


 イノシシ探索犬の動きに大きな変化ではなかったが、坂爪からの説明を聞くと、これまで以上に何か目的地がわかったかのように左右への迷いが消えたような動きに変わったことがなんとか理解できた。


「近い」


 坂爪の銃の準備にあわせるように、犬の動きがより慎重になっているのがわかる。


 頂上直下の小さい出尾根でゴツゴツとした岩が続く場所が柴山の視野に入った瞬間、ガサガサという大きな音とともに黒い固まりが、左方向へと飛び出したのが見えた。


「竹山さんの方へ走った。三頭!」


 坂爪が無線を入れるが、返事はない。


 イノシシ探索犬は、その姿を追うことはなく、すでに坂爪の足下に待機している。


 坂爪は三頭と言ったが、柴山には大きな固まりにしか見えず、一頭だけだと思っていただけに、三頭の残り二頭はどこにいたのかと不思議でならなかった。


 また、直ぐに追跡せずにその場でイノシシが走っていった方向を見て、低い姿勢をとっている坂爪の姿も不思議だった。


「どうして、追わないのですか」と聞きたいのだが、坂爪の雰囲気からするととても声をかけられる状況ではないことが明らかだ。


 約一分後、左の尾根の方から、バン!バン!と二発の銃声が聞こえてきた。


「一頭、尾根沿いに武井さんの方へ行ってる」

と竹山からの無線が入る。


 この無線に答える返信はないし、坂爪にも無線を入れる様子はない。


 まだ終わっていないのだ、坂爪も尾根方向を睨みながら緊張を解いた様子はない。


 今度は、右の尾根方向から、バン!という銃声が聞こえた。


「終了。一頭倒した。脱包したよ」

と武井の声が無線から聞こえてきた。


「了解。竹山さんも脱包して結果を知らせてください」


「脱包しました。三頭来て、二頭倒しました」


「了解しました。それでは、竹山さんの方の回収に坂爪と柴山で向かいます。武井さんの方は二人で大丈夫ですか」


「大丈夫だよ。こっちのは、小さいや」


「了解しました。よろしくお願いします」

 時計を見ると、打ち合わせから五十分。


 配置についてから、二十分。尾根から下を見ると、被害を受けた畑が見える。


「あっという間でしたね」


「上手くいったな。出たイノシシも全部獲れたから、これで畑の被害はもうなくなるね」


 竹山が倒したイノシシのところへ行くと、小さいイノシシの脚を持ってちょっと動かすとイノシシ探索犬が興奮して、噛みつこうとした。

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