第5章 危機管理 第6話

 年明けの設置作業日には、立ち会いにやってきたが、足下を見ればスニーカーである。斜面を歩くには、四苦八苦する。それでいて現場を確認したがるので、移動を待たねばならず、作業は進まない。


 ようやく終了したところで、

「ワナにはどのくらい近づかなければ、シカの捕獲に影響はありませんか」

と質問される。


「どのくらいというと」

と聞き返したのは、何を聞いているのかがわからなかったためである。


「距離なのか、日数なのか」

どちらの意味で聞いているのだろうと迷ってしまったのだ。


「明日から、この周辺で下草の刈り払い作業が入るので、作業員がどのくらいの距離まで近づかなければ大丈夫なのか聞いている」

と言われては、スタッフ全員が絶句するしかない。


 本当に捕獲のことなどまったく知らないのだ。


 釣り堀で釣りをしている人の横に行って、石を水面に投げ込むようなことと同じであることに、まったく気づいていない。


 自動通報システムからの通報で処理に向かう途中で受けた連絡では、

「その通報でシカが捕獲されている確率は何パーセントですか」

と聞かれて絶句したこともある。


 自動通報システムの発報は、ワナが作動したことを示すだけで、シカが捕獲されたのか、それとも他の何かが掛かったのかを示すものではないというか、何パーセントという答えであれば納得してもらうことができるのだろう。


 誰にも出せない答えを求めることの矛盾にすら気づけないのに、柵を作りながらシカを公園外に追い出せば、一ヶ月の作業で終了するという作戦を理解できないのも無理はない。


 絶対的な経験値が足りないのだ。


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