第4章 練習 第20話
「昔、今みたいに電気的にクレーを放出する機械がなかった時代、プーラーが放出機のところにいてヒモを引いてクレーを一枚一枚放出していたの。だから、今でもクレーの放出機を操作する人を『プーラー(引く人)』って呼ぶのね。
そのころにはダブルはなかったらしいけれど、ハイハウスのプーラーに対するコールとローハウスのプーラーに対するコールを明確にしないと、どちらのプーラーが操作したら良いかわからないので、ハイハウス側には『プル』、ローハウス側には『マーク』ってコールしたらしい」
「へぇ~、そうなんだ。坂爪先生、よく知ってますね」
「あぁ、俺も学生の頃に山里さんから聞いた話なんだ」
「そうなんですか」
それからは、坂爪の捕獲での成功談や失敗談が面白おかしく紹介されたが、狩猟の失敗とは異なり、その原因や対策までもが話の中に織り込まれており、聞く側とすれば、はじめの頃に教えられた木と木の間に銃を向けておいて撃つ方法と同じように、転ばぬ先の杖となる情報ばかりであった。
サーパスハンターを短期間に養成するには、これまでの狩猟の伝承とは異なる工夫が必要だろう。しかしながら、こんな夜の失敗談がやる気や工夫へのきっかけとなる。
そこには、失いたくない文化があり、学校の教科書には書かれていないが、伝承すべき何かが存在しているように思える。
「その他にも、いろいろと言葉の問題があって、我々は全国での単語の統一は、今後の普及活動では重要だと考えているんだ」
「あっ!それ、竹山さんからも聞きました。射手のことをタツとかタツマとか撃ち手とか、地方によっていろいろと呼び方があるって」
「そうだね。その言葉を統一しないことには、普及は難しいだろうということで、企画書や報告書を書くときには、なるべく統一した用語を使うようにしている」
「例えば、どんな言葉があるのですか」
「例えば、スラッグ弾のことをロケット弾と呼ぶ狩猟者がいたりする。ロケットとミサイルの違いって分かるかな」
「ロケットとミサイルですか・・・」
「ロケットは、推力エンジンの形式のこと。ミサイルは、誘導兵器。スラッグ弾は、皆も知っていると思うけれど単体弾で推進エンジンなんてもった装弾はないから、スラッグ弾をロケット弾なんて呼ぶのは、大きな間違いにつながるよね」
「へぇ~、その他にもあるのですか」
「グループで行う巻き狩りのことを、大物猟と呼んだり、組猟と呼んだりしているね。一人で実施するなら単独猟と呼べば良いけれど、目的とする対象で呼ぶのか、実施する方法で呼ぶのかは注意した方がいいかな。
方法ならば『巻き狩り』、『忍び猟』、『待機射撃』という言葉を使うようにしている。組猟という言葉は、全国的にみても神奈川県でしか使っていないから、なるべく使わないようにしている」
「なるほど」
「実包と空包なども整理する必要があるだろうね。装弾のことだけれど、実際に国内で販売されている空包は単に音がするというものはなくて、銃口からの発射物が万が一人に命中するようなことがあれば大きな事故につながる可能性がある。過去には、実包をスラッグ弾と混同して事故も発生しているしね」
「事故まで発生するようだと、言葉の統一って重要ですね」
「あぁ、そうだね。今後、若い人たちが学ぶ際には、できるだけ統一する必要があるね。でも、今はまだその違いをしっかり把握しておかないとならない過渡期と考えないと、自分たちが事故を起こしてしまうかも知れないから気をつけないとね」
「そうですね」
「まだまだ知らない言葉は、俺たちにもきっとたくさんあるよ。最近、俺が知ったのでは、カモシカのことをアオ、シカのことをアカって呼ぶ地域があった。
その他、狩猟読本にも記載されているけれど、ムササビのことをバンドリとかモマなんて呼んだり、ムジナなんかは、地方によってはタヌキのことだったり、アナグマだったりと、もう大変だよね」
「へぇ~、そんな呼び方もあるんですね」
「これからは、そういうところも整理していかないと、いろいろな技術普及を図る際には大きな障害になるだろうね」
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