第2章 迷走 第37話

 こうして、柴山も後田も、新しい進路へ向けて第一歩を進めることができた。お互いに、大学生活から続く同級生として、そして新たな分野でのライバルとしての関係ができあがった。


 すでに、その感情は同じ問題に立ち向かっていく戦友のような連帯感すら生まれていた。


「なぁ、柴山。入学前に銃のライセンスを取得したらどうだ。今からなら、十分に間に合うけど。」


「あぁ、そうだよな。」


「住所は実家のままだっけ」


「うん、住所は実家のままだよ」


「そうすると、実家の警察が窓口になるわけだ・・・。お前、こっちに住所を移した方が手続きは楽かも知れないぞ」


「そうなのか?」


「あぁ、結局は身近に銃を置いておく必要があるから、これからの学校生活も考えるとこっちにあった方が有利だと思う」


「そうか。じゃ、早速手続きを進めるよ」


「そうだな」


 ここでも、狩猟での学びが役に立っている。すでに銃を所持している後田でなければ、思いつかないことだ。


 科学的な捕獲を求められてこなかったとは言え、この時代まで狩猟文化を残してきた狩猟者は、少なくとも後田が柴山に伝えてきたように、小さなコミュニティでは十分な役割を果たしていたに違いない。


 しかし自分は科学的な捕獲技術を学ぶ。しかも二年という限られた時間でだ。着地点が違うとは言え、後田が狩猟者から学んだ知識と経験は、今の自分にとってはありがたいものとなった。


 考え方をこれまでとは変えていく必要があると二人は同時に感じていた。受け止めるだけではなく、そこから新たな学びを見つけるように、山里が公開講座で言っていたように、自分たちを変えていくことが重要だと。


 その後は、あっという間に慌しい年末年始を過ごしながらも、柴山は後田について銃のライセンス取得に向けての手続きを進めるとともに、巻き狩りにも同行するようになっていた。


 アウトドアサークルの同級生たちも、専門学校への進学を決めた二人を最初は馬鹿にしていたが、後田が続けてシカとイノシシを仕留めたあたりから、流れが変化してきた。


 射撃のスコアも目に見えて変化を続け、「後田、上手くなったなぁ。何か特別な練習でもしたのか」と聞いてくるようになった。


「なにもしてないよ。ただ、公開講座の講師が教えてくれた方法を実践してみただけさ」


「そうなんだ」と言いながらも、なんとなくその専門学校で学べるという二人を羨ましいと感じている様子が伝わってくる。


 最初は、感情的に反発もしたけれど、わずかなアドバイスだけで良い結果を残すようになった後田の姿に、同じ狩猟者としての羨望が生まれないはずはなかった。

 

 折に触れて、サークルのメンバーからは、他にどんなことを聞いたのかと尋ねてくる。


 さすがに先輩方の前では、堂々と話すことはできなかったが、わずかながらに聞きかじった銃の扱い方や狙い方などを共有することで、結果を残す者が一人二人と増えていった。


 これまでの「目で見て盗む」教えではなく、「具体的な技術論」は即効性も高く、まさにテクニックそのものであった。


 昨年までは、先輩が仕留めた獲物を引き出す時の労力として期待されていただけであったが、「お前たち、上手くなったなぁ」とその成長ぶりを褒めてくれた。


 でも、その成長の元になっている情報源については、誰もが口にすることはなかった。


 結局、その猟期では、後田を含めサークル仲間だけの結果でも十頭近い獲物を捕獲することができた。もちろん、先輩たちはそれ以上の成果を残していたが、二年目の結果としては驚きの成果だった。

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