第1章 出会い 第10話

「最近、被害農家さんが狩猟免許を積極的に取得されているとお話しましたが、被害農家さんは狩猟がやりたいわけではありませんよね。彼らがやりたいのは、被害対策としての捕獲です」


 言われてみればそのとおりである。


 農家にしてみれば、被害さえなければ良いわけで、イノシシの肉が欲しいとか、ましてや捕獲することを楽しみたいと思っている人はいないだろう。


「しかし、そのほとんどは、ワナを仕掛けても一頭も獲れていないという現状があります。


 またワナに掛かったイノシシやシカを殺すという作業、これを止め刺しと言いますが、これが農家の人にとっては大きな課題となってしまいます。


 どうしてもこれまでは狩猟者の協力がないとできなかったので、狩猟を行うわけではないのに狩猟者の集まりである猟友会に同じように加入しないとならないという体制上の問題もありました。


 被害対策を考えれば、この人たちに一頭で良いから獲ってもらえるようになることが重要であるとともに、被害対策として有効な方法となります。


 この被害農家さんたちに正しい捕獲技術を伝えるためにも、科学的な捕獲を理解して実施でき、さらにはそれを広め続けられる若い捕獲技術者が必要なんです。


 今では、狩猟者の協力がなくても、安全に止め刺しを行う方法が徐々に広がりつつあるので、今後はより普及していくでしょう」


 箱ワナやくくりワナに掛かったイノシシを農家の人がどうやって止め刺しをするのだろうという興味も沸いたが、その興味と疑問は、次の話題で柴山の頭からは、消えてしまった。


「でも、これはどちらかというとイノシシ対策なんですね。シカの場合はそういうわけにはいきません。


 シカによる農業被害も深刻ですが、林業被害や生態系への被害はイノシシの比ではありません。


 シカが増えすぎると、山にある木が枯れて、土壌流出が起こります。こうなると、被害農家さんによる捕獲というわけにはいかなくなります」


 被害農家が奥山のシカを捕獲することは、ないだろう。じゃ、誰がやったら良いのかという疑問が生まれる。


 やはり、狩猟者頼みということしかないのではないか。誰もがそんな思いに至っているだろう。


「こうなると、狩猟者に頑張ってもらわないとならないわけですが、先にもお話ししましたように、高齢化と減少が著しい状況では、荷が重すぎる感じがあります。


 そこで私たちのような、捕獲を専門に行う事業者が全国各地で誕生しはじめています。私たちは、これまでの狩猟とは異なる意識をもって、捕獲に取り組むことで、新しい技術や手法を取り入れて野生鳥獣の捕獲を行っています」


 とすれば、職業猟師ということか。

 現代の『マタギ』じゃないか。


 マタギは、狩猟を専業とする狩猟集団のことだ。昔ならいざ知らず、現代において本当に、そんな仕事で生計を立てられるのだろうか。


 もし、そうならそれこそ俺が望んでいた、そのものじゃないか。


 柴山は、どうして今までそこに思いに至らなかったのだろう。どうして、その答えが、今、目の前にでてきたのだろうと、過去に経験したことのない高揚感を感じていた。

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