第1章 出会い 第11話
野生鳥獣を研究することから新たな被害対策方法を創造して、農業被害を防げればいいと思っていたが、根本的な解決のためには個体数を減らさなければならないのは明らかだ。
研究者として新たな方法を作り出すことは、全国の被害対策に役立つことになるだろう。しかし、今の自分を駆り立てているのは、最前線で野生鳥獣の被害を食い止めたいという、もっともっと現実的で生々しい衝動だ。
「今、狩猟者がシカやイノシシを一頭捕獲すると捕獲報償費というお金が行政から支払われます。
頑張って獲ってくれたから、お礼ですっていうお金ですね。自治体によって、一頭当たり数千円から数万円と単価はバラバラですが、かなり多くの自治体で実施しています。
このため、このお金を目当てに狩猟者は頑張って捕獲しようとしています。ところが、人は時として悪い心をもつもので、ズルをするんですね。
捕獲個体を右に向けて撮影し、その後ちょっと場所を変えて左を向けて撮影して二頭として請求するというズルをしたりする人がいるんです。
他には、イノシシを捕獲したら尻尾を持っていくことで報償費が支払われる仕組みのところもありますが、捕獲したメスイノシシのお腹からウリ坊が六頭出てきたので、その尻尾も切り取って七頭捕獲したって請求したなんて話もあります」
会場からは、「え~」という女性の声が目立つ。
「まぁ、そんなズルをする悪い奴もいるかもなぁ。でも数千円程度の話だろうくらいに受け止めている人もいるかも知れませんが、これは明らかな犯罪であり、詐欺事件ですよね」
会場では、うんうんと相槌を打っている人も見受けられる。
捕獲数を水増ししたという事件は、以前ネットのニュースでも読んだ記憶のあるものだった。確か関西方面のどこかの市町村だったと記憶している。
「先頃もW県で、その前にはS県でも同じような事件があり、ニュースになりました」
あぁ、そうだった。その前のS県のニュースも記憶に残っている。
なんとなく、この程度ならいいだろうという甘えから、いろいろなところで同様のことが行われているのかも知れないと多くの聴講者は感じたことだろう。
「氷山の一角」という言葉があるが、全国津々浦々で同様のことが行われているとすれば、その金額は凄いことになるだろう。
それ以上に、本当は一頭だったのに二頭獲ったと報告すれば、被害対策を考える上でも重要な指標となる捕獲数が出鱈目であることを意味する。
最近の捕獲頭数は、狩猟者の減少に反して右肩上がりで上昇しているというグラフは、講座の最初の方のスライドにあったが、あれももしかしたらまったく信頼できない数値なのかも知れないと思えてくる。
「有害鳥獣捕獲では、加害個体を捕獲することが重要です。
イノシシなどは、餌場とした畑から半径五百メートル以内に寝屋と呼ばれる休息する場所をもっていることが多いです。
ところが、有害鳥獣捕獲は、狩猟者がいつもの狩猟と同じ感覚で行いますから、人家に近い場所では行わず、少し離れた山の中でイノシシの捕獲を行います。
結局、何頭獲っても加害個体はそのままですから、被害は減りません。
『奥山の十頭より里山の一頭』という言葉がありますが、真犯人を捕まえない限り被害は防げないということを多くの狩猟者が知らないのです」
「ふ~ん」とか、「なるほど」と言ったつぶやきが会場のあちこちから聞こえてくる。
『奥山の十頭より里山の一頭』という言葉は、会場の多くの人に伝わったようである。
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