作品展まで、長かったです。

 学校に到着し車を降りると、部長は「また来週」と手を振って駐輪場に行った。佐野先生は車の返却をする為にそのまま行ってしまった。

 俺はこの後用事があったので凛子に先に帰っておいてくれと伝えた。

「なになに、早速もう一枚描くの? 熱いねぇ」

 そう茶化す凛子に「まぁそんな感じ」と適当な返事を返し別れると、俺は美術室に向かった。

 美術室の電気を点け、室内を見回すと、不思議な感慨に包まれた。

 文化大臣賞、正直実感が湧かないけれど、俺は確実に成長できた筈だ。ここに初めて来た時は何もかもが漠然としていて、こんな未来が訪れるなんて夢にも思ったことが無かった。

 扉が開く音がして振り返ると、そこには馬渕がいた。先程車内で送ったチャット、それは馬渕に後で美術室に来て欲しいという内容のものだった。

「先輩……」

 馬渕は出会った時みたいに脚をぷるぷる震わせている。

「私今日はこれ以上緊張したら倒れちゃいますよ」

「え、今日のことはずっと前から約束してただろ」

「でもー」

 作品展が終わったら……俺達は約束していた。

「まぁその前に、奨励賞、おめでとう馬渕」

「……先輩も、おめでとうございます」

 はにかむ馬渕。俺は手近にあった椅子に座り、馬渕を隣に座らせた。

「正直、俺自身賞が取れるとは思わなかった」

「先輩はもっと自分に自信を持っていいと思います」

「ああ、これから少し持つことにする。馬渕もな」

「はい」

 遮光カーテンを閉め切った無音の美術室。会話が途切れると本当に何の音も無い静かな空間が生まれて、俺は少し焦った。

 こういうのって、どういうタイミングで言えばいいのかわからない。

 この間は勢いで言えたんだけどな。難しい。

「先輩」

 馬渕が制服のスカートの端を摘みもじもじしている。

「何?」

「…………」

 馬渕はまた黙り込んだ。

 ああ、俺は本当に意気地なしだ。このままでは埒が明かないし、本当に馬渕が緊張で倒れてしまうのではないだろうか。腹を括った。

「正直、今回の賞は馬渕がいないと取れなかった」

「え」

「馬渕言ってくれただろ? 俺が絵を描く原動力になってるものを絵にしてみれば良いって。あの言葉が無いとあの絵は描けなかったし、そもそも馬渕がいなかったらこんな大きな気持ちのうねりを感じることも無かった」

 馬渕は顔を赤らめて俯いている。

「馬渕、美術部に来てくれてありがとう。俺のこと嫌がらずに受け入れてくれてありがとう。俺の隣にいてくれてありがとう」

 そしてひとつ深呼吸をした。

「俺、馬渕が好きだ」

 少しの沈黙が流れた。その間馬渕はずっとスカートの端を摘んで、そこを見つめていた。俺はなんとなくその指先を見つめていた。俺も緊張で倒れそう。

「作品展まで、長かったです」

「え、どういうこと?」

 唐突にそう言った馬渕の発言の意図が理解できず問いかけると、馬渕は上目遣いで俺を見つめた。

「早く先輩に好きって言いたかった!」

「馬渕……!」

 俺は思わず馬渕を抱き締めた。

 馬渕は俺の胸に顔を埋める。

「先輩……」

「馬渕、好きだ」

「好きー……」

 しばらくそうして抱き合ったまま、お互いスッキリするまで気持ちを伝え合った。

 やがて長くなった陽も落ち、俺達は帰ることにした。昇降口を出て校門前に行くと、校門の陰から人が飛び出してきた。

「遅ーい!」

「まったく、ナニすればそんなに遅くなるの?」

 凛子と部長だった。

「え、二人とも先に帰ったんじゃ」

「怪しい行動を取る幼馴染を凛子さんが放って置くわけ無いじゃん?」

「そんな面白そうなこと聞いて俺が黙って帰るわけ無いじゃん?」

 二人は気持ち良い程のどや顔を見せた。

 凛子は馬渕の腕を抱くと、

「で、どうだった?」と謎の色っぽい声を出した。

 馬渕は赤面しながら俺をちらりと見た。なので俺が代わりに答えることにした。

「馬渕とお付き合いをすることになりました」

 凛子と部長は「おー」と俺が思ったより薄いリアクションを示した。

「まぁ、やっぱり感あるよね」

 部長がそんなことを言って俺を小突き、空を見上げて続けた。

「でも、青春だなぁ」

 俺も釣られて空を見上げた。星が煌めいている。

 初夏の空気が鼻を抜けていった。もうすぐ梅雨がきて、夏になる。

 俺達の春が終わる。美術に捧げて、恋をして、懸命に駆け抜けた春が終わる。

「本当、青春ですね、こういうの」

 部長はにっこり笑うと、

「ほら、皆。肉の次はスイーツだよ。コンビニ菓子で公園パーティ。参加者はついて来てー」

 と、歩き出した。俺達は「はい!」と勢い良く返事すると、部長の後を追いかけた。


 ****


 週が明けて月曜日、俺達は作品展を終えて日常に帰って来た。

「おう荻野目、土曜はお疲れ様」

 駅で佐々木と合流すると、なんとなく学校へ歩き出す。

「結果はどうだった?」

「へへっ」

 佐々木は「おー」と少し感心したような声を上げた。

「その様子だと結構良い線行ったようだな」

「初めて大きな賞が取れたんだ」

「努力は嘘をつかないな」

「佐々木……ありがとうな」

 佐々木は珍しく微笑んだ。


 放課後、美術室では今日もデッサンをする鉛筆の音が響く。

 今日の対象はシンプルに観葉植物を一鉢。馬渕もこの一ヶ月でぐんぐん力を伸ばし、俺達と同じ内容のデッサンをするようになった。

 校庭から響くサッカー部のものと思われる掛け声を聞きながら、全員無心で手を動かす。

 新入部員は一人という、部活動としてはイマイチな始まりかも知れないが、その部活動最初の作品展では全員が入賞という優秀すぎる始まりを迎えた俺達は、今日も自分の力を積み重ねていく。日々のデッサンは嘘をつかない。だがそれだけではなく、稀に人と人の出会い、感情を動かす大きな出来事で人は変わったりもできるんだと俺は実感している。

 これからも俺は成長していくし、成長していきたい。

 下校時刻を迎え昇降口を出ると、目の前には山から陽が覗き、美しい夕焼けが広がっていた。

 凛子が言った。

「始まったねー、また一年」

「なるほどな」

 大きなイベントが終わったことで凛子の中で何か区切りがついたんだろう。

「今年もよろしくお願いします」

 馬渕もノリノリだった。

「まこりん、進、来年も良い作品作れるように、今年も頑張ろうね」

「勿論」

「はいっ」

 俺達は、何も無い自分を乗り越えて、ひとつひとつ自分に出来る事を積み重ねてここまでやって来た。恐らくこれからも積み重ねていくだろう。その先に何が待つかわからないが、これまでのことを思い出せばきっとこれからもやっていける。そう思うんだ。

 俺達は、描き上げた。

 そしてまた、描き続けていく。


 終


(2018年6月25日 pixiv文芸初出 再録)

―――――


登場人物紹介

荻野目進(16歳)

 油彩馬鹿。クソ真面目で繊細な少年。

 大体のことを絵を描く事を中心に考えていて、それ故に不自由を抱えることが多い。

 まことの出会いでそれが強化される結果になる。


馬渕まこ(15歳)

 クソ真面目で純粋な少女。

 魔法少女を夢見ることしか取り柄がない自分に劣等感を感じていた。

 進と出会うことでその劣等感を愛する事を覚え始める。


近藤凛子(16歳)

 飄々と振る舞っているがクソ真面目な芸術馬鹿。

 ありとあらゆる事を柔軟に捉えていこうと言う信念を持っている強い少女。

 いつも笑顔でいたいという願いを実現し続ける努力家でもある。


真田真広(17歳)

 美術部の後輩皆がなんだかんだで大好きな、クソ真面目な少年。

 美術部を引っ張って行かなくてはいけないとプレッシャーを感じている。

 堅実な手堅い線で形を捉えることが得意。


佐々木慶治(16歳)

 陰ながら進を応援している、ストーリーテラーを目指すクソ真面目な少年。

 バイトをしながら家では小説を書き、大学の文学部に進学するのが目標。

 多くを語らないが、とてもよく周りを見ているタイプ。


東堂香奈子(15歳)

 まこの友達。茶道部に身を置いているのは形だけ部活に入っておきたいから。

 大学に行けばやりたい事を見つけられるかもと思っている。

 まこも同じだと思っていたら、男の先輩の話をし始めて心配になっている。


佐野栞(27歳)

 かつて神童と呼ばれた油彩の申し子。今は筆を折ろうか悩んでいる。

 進たちとの関わりの中で、自分が見失ったものを探している。

 なんだかんだクソ真面目に生きているソロ・ウルフ。

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まこりん、かきあげる。 紙袋あける @akemi12mg

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