美術部は騒がしい

まこりんの山羊感が謎……。

 一ヶ月後、五月後半の土曜日。俺達美術部は佐野先生がレンタルしたワゴン車に乗って首都圏を目指している。今日は高校芸術祭の作品展示と表彰式に出席する予定なのだ。

 高速道路を運転しながら、佐野先生は欠伸をひとつした。

「真田、何故車の免許を持っていない。私一人に運転を任せるなんて横暴だ」

 助手席に座った部長は苦笑いをした。

「いや、先生。俺まだ十七ですよ」

「あれそうだったっけ」

 よくよく感じるが佐野先生は少し記憶力が怪しい。

 凛子は首都圏のガイドマップを見ながらはしゃいでいる。

「栞先生、あと二キロ先にあるパーキングエリア寄りませんか? ドッグランがあるそうですよ! 犬見て癒されたいです!」

 佐野先生は「フッ」と笑った。

「いいな。荻野目を放牧しよう」

「先生の中で俺は牛か何かなんですか?」

 その問いに馬渕が口を挟んだ。

「先輩はどちらかと言うと山羊っぽいです」

 それを聞いて戦慄する凛子。

「まこりんの山羊感が謎……」

 山羊感ってなんだよ。

 とりあえず佐野先生の休憩も考慮して凛子の言ったパーキングエリアで一旦降りた。

「休憩は二十分だ。トイレなり買い物なり済ませて来い。時間は絶対厳守だ」

 佐野先生の指示を受け、俺達はそれぞれの場所へ散った。

 トイレを済ませた俺は、売店でその土地の工芸品などを一通り見て心を潤してから凛子の言っていたドッグランに見物に行った。そこでは既に馬渕と凛子が瞳を輝かせながら犬を見ていた。

「まこりーん、犬の種類は何が好き?」

「私は大きい犬が好きです。あそこにいるセントバーナード、とっても優しい顔してます」

 馬渕がドッグランの奥の方で座り込んでいるセントバーナードを指差した。ドッグランで座り込むって、なんというか肝の据わった犬だな。

「おっ意外。トイプードルとかをもふもふしてるイメージだった」

「勿論小さい犬も可愛くて好きですよ。近藤先輩はどんな犬が好きなんですか?」

「私は……まこりんみたいな柴犬が欲しい」

「えっ」

 凛子は馬渕の頭を撫で始めた。

「近藤先輩……」

 馬渕はされるがまま撫でられていた。なんだこの空間。

 見ていて妙に気恥ずかしくなったので先に車に戻ることにした。その道中喫煙所で佐野先生と部長がベンチに座って話をしているのが見えた。無論部長は喫煙の為にいるわけではない。俺が近付くと、二人は手を挙げて俺を迎え入れてくれた。

「放牧は終わったか?」

 そう言いながら意地悪そうに笑う佐野先生に俺は悪乗りしてみた。

「はい、やっぱりこの時期の草は美味しいですね」

「肉を食えもやしっ子」

「…………」

 佐野先生はやはり予想の斜め上を行っている。

「進、今年は落ち着いてるね。去年は車の中でもずっとピリピリしてたじゃん」

 部長が話の軌道修正をしてくれた。

「あ、すみませんでした。今年はやれることはやったから、後は流れに任せる感じです」

 この学校の美術部の通例らしいが、佐野先生は作品展の結果は展覧会に行くまで開示しないことにしている。それは一次審査についてもだ。展覧会は一次審査を通った作品だけが飾られるから、行って自分の作品があったら喜べるけれど、無かったら悲惨だ。ちなみに俺は去年悲惨な思いをした。去年は俺自身も神経が相当ピリピリしていた記憶がある。

「俺、宅急便に搬入する時、今年の進の作品ちょっと見させて貰ったんだ。お世辞抜きで良い絵だ。あんなに悩んでこねくり回してたのが嘘みたいに真っ直ぐな作品だったよ」

「あ、ありがとうございます」

 珍しく部長が茶化さず俺を褒めたので正直驚いた。

「ま、決めるのはその辺のお偉いさん達だから、どうなるかわからないけどねー」

「そうですよねぇ。てか、こんな話してたら緊張してきますね」

「ほら、私は吸い終わった。行くぞ」

 佐野先生に促されて俺達は車に向かった。

 会場まではあと少しだ。


 高校芸術祭の会場になっている美術館に着くと、俺達は自然と無口になっていった。やはり皆緊張しているのだろう。自分の一年の集大成に評価がつくのだ。特にそれが初めての馬渕は目も当てられないほどガチガチになってしまっていた。歩く姿も右足と右腕が同時に出ている有様だ。受付の手前で、俺は馬渕の肩に手を置いた。

「馬渕はやれることはやっただろ。これからもやれることをやるだけだよ」

「はひっ」

「結果がどうでも頑張れたってことを大事にしていこうぜ」

「……はい」

「はい深呼吸!」

 馬渕が大きく深呼吸をしているのを見守り終えると、俺達は受付を済ませて会場に入った。

 作品は種類も地域もごちゃ混ぜで、ランダムに配置されていた。平等性を重視しているんだと思う。入場者の足音が時々響くだけの静かな空間だ。俺たちもそれに倣って無言で作品を見て回る。

 まず見つけたのは、凛子の作品。『青春と官能』をテーマとした作品のタイトルは『誰でもいいわけじゃない』で、針金を丁寧に織り込んで作られた作品だった。作品情報のプレートの横には『実行委員会会長賞』と書かれている。俺は息を飲んだ。こうして見ると、とんでもない幼馴染を持ってしまったんだと実感する。ちなみに去年の凛子の作品は優秀賞を獲得していて、確実にステップアップして行っている。

 次に見つけたのは馬渕の作品だった。タイトルは『織り成す』だ。指から伸びた赤い糸が印象的な抽象画。『奨励賞』……すごい、大臣や知事といった名前がつかない賞の中では下から数えた方が早く、枠こそ多い賞だが初めてでちゃんと賞を取れるなんて。

 そして部長の作品は『大河』で、文字通り近所の大河をド迫力で描いた作品だった。『県知事賞』を獲得していた。流石の技術力だ。

 しかし、自分以外全員の作品を見つけたが、俺の作品が見つからない。

 そう不安になりながら会場内を歩き回った。

 また一次落ちだろうか、俺だけ。

 凡人なりにやれることはやってきたつもりだったんだか、まだ足りないのだろうか。

 努力は嘘をつかないという言葉が本当だったら、俺はどれだけ努力すればいいんだろう。

「えっ!」

 そうナーバスになりかけた時、馬渕のものと思われる声が響いて我に返った。声のする方へ足早に歩くと、そこにはちゃんと俺の作品が飾られていた。

 タイトルは『真っ直ぐなんだ』とつけたその絵に、安堵感と少しの羞恥心を感じながら近付いていくと、絵の前にいた馬渕が振り返った。その顔は真っ赤だった。

 私語は最小限にしないといけないから、馬渕とは目を合わせる程度のコミュニケーションを交わして、隣に立った。この絵のモデルには馬渕を選んだ。白を基調とした背景に、先日描いた馬渕の横顔のスケッチを油彩で落とし込んだのだ。

 馬渕が俺の作品情報のプレートを指差している。その横には、『文化大臣賞』と書いてあった。

 え、文化大臣賞?

 総理大臣賞の次の賞だろ?

 え?


「いやー笑った笑った!」

 凛子が腹を抱えながら帰りの車の中で足をバタバタしている。

「まだ笑ってるじゃねーか」

 俺が凛子にチョップを入れると、凛子は更に笑う。

「だって、だって、進が……はぁ、表彰式であんなにカクカク動く人初めて見た、ひー、雑なコマ撮りアニメ見てるかと思った!」

「しょうがねーだろ! 表舞台は慣れないんだ!」

 あぁ恥ずかしい恥ずかしい。絵で表彰なんてされたこと無いんだからそりゃ上がってしまうだろう。俺からしてみれば馬渕もなかなかガチガチだったぞ。

「しかし荻野目の今までの課題が克服された一枚だったな、あれは」

 佐野先生が落ち着いた口調でそう言った。

「荻野目は元々美術を長くやってる分、具象的にものを描く力はあるんだ。荻野目の弱点は見る側の視線を考えすぎてその具象的表現に自分の感情をうまく乗せられないところだった。ところが今回は気持ちの乗ったとても感情的な一枚を描き上げた。正直あの絵の出来は私も驚いたよ。よくやった荻野目」

「あ、ありがとうございます」

 なんか褒められすぎてとても気恥ずかしいんだが。

「あーあ、今回は俺総理大臣賞狙ってたのにな」

 そう言ったのは部長だった。

「真田の課題はそう言いつつも、とりあえず賞が取れたからいいや、と妥協しがちなところだな。もっと向上心を持てば真田は更に伸びると思うんだが」

「ちょっと佐野先生、後輩の前でやめてくださいよー、恥ずかしいな」

 佐野先生は場を整えるように咳払いをひとつした。

「顧問として何もしていないが全員入賞で私は非常に気分が良い。よし、部員の健闘を称えて今日は私が何か奢ろう。何でも好きなものを言え」

 それから車の中は焼肉派と寿司派で戦争が起こった。結局部内で最高賞を取った俺の一声で焼肉になったのだった。もやしっ子だから肉を食わないと。

 そんな車内で、俺は緊張から解き放たれて完全燃焼していると思われる馬渕に、一言チャットを送っておいた。

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