ずっと描いてたのか?

 ホームを通り過ぎた事しかないが、納魚中央駅は大きい割りに閑散としている印象を持っている。そして実際降りてみると本当に印象のとおり駅の大きさの割りに人が少ない駅だった。


 駅の目の前にはコンビニがあった。馬渕が風邪でも引いていた時のために見舞いの品を買っておこう。地図アプリはあと徒歩十分で馬渕の家に着くと示しているが、その道中コンビニのマークは見当たらないし、ここで買っておくのが賢明だろう。


 ゼリーとお茶を買ってコンビニを出て、地図アプリに沿って歩き始めた。


 俺が東堂さんにしたお願い、それは馬渕の住所を教えて欲しいというものだった。


 東堂さんはとても渋ったが、なんとか安心させようと説得して、十分話し合いようやく教えて貰えた。やっぱり土下座の力はすごいぜ。


 プライドもへったくれもみんな捨てた。部長にあそこまで言われて黙っていられない。馬渕の身の潔白を証明して安心して二人で美術室に戻るんだ。俺にはそんな決意があった。


 駅の周辺はコンビニやスーパーがあって歩行者も散見されたが、少し歩くと一気に田園風景の中に民家がぽつりぽつり建っている見慣れた田舎の風景に移り変わっていった。


 馬渕の家はそんな民家の一番町寄りのところにあった。趣のある古民家という印象の家だ。


 インターホンを少し探したがそれらしいものは見当たらなかったので、俺は意を決して玄関の扉を開いて「ごめんください」と大きめの声で呼び掛けた。


「はいはーい」


 そんな声が聞こえてきて、ぱたぱたとスリッパを響かせて現れたのは馬渕のお母さんと思しき女性だった。


「すみません、まこさんの部活の仲間なのですが、まこさんはご在宅でしょうか?」


 自分から先輩を自称するのは少し憚られたのでそういった表現に落ち着いた。


「あらら、まこの! どうも、まこの母です。どうぞどうぞ、まこは二階にいますんで」


 言われるがまま靴を脱いで上がり、差し出されたスリッパを履いて二階へ連れて行って貰った。馬渕の部屋は二階の廊下の奥にあった。『まこ』と書かれた可愛らしい木のプレートが下がっていて、不思議とこれから馬渕のプライベートに入り込むことを実感させた。


「まこ! まーこー! 部活の人だってー!」


 馬渕のお母さんはそう扉の奥に呼び掛けたが、反応は無かった。そんなことを数回繰り返して、お母さんはついに馬渕の部屋の扉を無断で開けた。


 そこには。


「あらーこの子ったらこんな時間に寝ちゃって。また夜中に騒ぎ出すのかしら」


 大量のコピー用紙が散乱した部屋。


「どうします? 寝ちゃってるからまた今度に……」

「いえ、すみません、少し入っていいですか?」


 俺は入り口付近にしゃがみ込んでそのコピー用紙を一枚手に取った。


「馬渕……」


 その紙には、拙い線で作品のイメージと思われるラフが描いてあった。


 同じようにラフを描いた紙が、この部屋を埋め尽くしていた。中には作品のイメージを文章に起こしているものもあった。


 ほらな。


 馬渕が絵を止める訳が無いんだ。


 馬渕のお母さんを追い越し、部屋の真ん中で寝る馬渕の肩に手を置いた。


「馬渕、起きて」


 馬渕の肩を優しく叩きながらそう声を掛けた。髪飾りも付けていない、パジャマ姿の馬渕は「んぅ」と小さく唸る。背後で扉の閉まる音がした。


「馬渕」


 もう一度そう呼び掛けると、馬渕はうっすらと目を開けた。


「先輩?」

「ああ、俺だよ」

「…………んん」


 馬渕は再び目を閉じ、数秒むにゃむにゃ言っていた。


 そして次の瞬間。


「先輩!!??」


 勢い良く飛び起き、しゃがんでいた俺と頭をぶつけた。


「……っ!!」

「いたぁっ!?」


 二人で頭を抱えて床にうずくまる。しばらくそうしていた。勢いのついた人の頭はこんなに痛いものなのか……。


「すみません、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。馬渕こそ」

「ほぁ、私は大丈夫です」


 痛みが響く頭をさすりながら、俺達は向かい合った。


 そして次の瞬間。


「パジャマ!?」


 馬渕が自分の格好に驚いて走って部屋を出て行った。騒がしい奴だ。でも元気そうで良かった。


 扉の方を見ると、馬渕のお母さんは既にいなくなっていた。


 馬渕の部屋に一人残されたことに気付くと、途端に手持ち無沙汰な感じがして、取りあえず手近にあったコピー用紙をかき集めて一枚一枚見てみた。


 学校の風景や美術室の内観をざざっと描いてあるもの、丸や四角を組み合わせて抽象的な模様を描いてあるもの、俺のものと思しき似顔絵。俺のものと思しき似顔絵?


「すみません、まさか先輩が来るとは思ってなくて……ふぁー!!」


 私服に着替えた馬渕は部屋に入ってくるなりラフを見ている俺を見て絶叫した。そして俺からラフを奪い取り華麗に俺の目の前に正座した。すごい俊敏さだ。


「へへへへ、部屋のものを勝手に見ないでください!」

「あ、ごめん」


 俺はすこし顔が紅潮しているのを感じながら平謝りした。


 少しの気まずい沈黙の後、俺は恐る恐る口を開いた。


「馬渕、ずっと描いてたのか?」

「えっ? あーえへへ、なんかいてもたってもいられなくて」


 頭を掻きながらはにかむ馬渕。

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