真田真広は……イケメン

顔にまこりんって書いてあったから。

 俺は何か大きな間違いを犯してしまったのだろうか。

 そう自問自答しながら重い足を引きずる金曜日の放課後。今日馬渕が美術室にいなければ、馬渕が姿を消してもう十日近くになってしまう。

 ライバルだとか言ってプレッシャーを掛けすぎたのか?

 それとも俺が知らぬ間に好き好きオーラを出しすぎて嫌気が差した?

 画材が重過ぎて学校に来るのが億劫になった? いやそれは無いか。

 それとも……とにかく、考えても考えても答えが出ない。そりゃ答えを知っているのは馬渕本人だけなんだし、俺がここで頭をこねくり回したってどうしようもないのはわかっているんだけれど。

 でも、普通考えてしまうだろう?

 心配で送ったチャットも見事に全部無視されているんだ、それは考えてしまう。

 本当は馬渕の事ばかり考えている場合じゃないんだ。俺だって制作に本腰を入れ始めたんだ、そっちを頑張らなければいけない。でもこんな状況でそれは難しい。正直頭の中が迷宮入りしている。

「おっすおっす。進はまだ恋煩いかよ」

 後ろから声がして振り返ると、そこには凛子がいた。

「今にも倒れそうな後姿で歩いてたけど大丈夫?」

 凛子は背中を優しく叩きながらそう問いかけてきた。

「どんな後姿だよ」

「えー? そうだなぁ具体例を挙げると、都会で深夜三時くらいに公園で見かけがちなおじさんの後姿みたいな」

「凛子は都会のおじさんにどんな印象を持ってるんだよ」

「人生に疲れてる感じ?」

 都会のおじさんに謝れ。

「……まこりん、今日こそ来てるかな?」

「わからない」

 凛子もチャットを何度か送ったらしいが、やはり無視されているらしい。

 美術室に着き、扉を開けてみたが、やはりそこには部長しかいなかった。

「お疲れ」

 部長はそう言いながら爽やかな顔で手を上げた。部長の前には大きな麻紙のパネル。作品制作はこの数日間でみるみる進み、いよいよ大詰めらしい。

「馬渕さんなら今日も来てないよ」

「俺何も言ってないですけど」

「顔にまこりんって書いてあるから」

 俺はひとつため息をついて自分の制作の準備に入った。馬渕に言われた『前向きなテーマ』についてクロッキー帳にアイディアを書き込んでいる最中だ。しかし何一つしっくり来ない。俺自身が前向きな気持ちじゃないから無理は無いよなぁとも思うのだが、半ばやけくそになりつつあった。

 俺がクロッキー帳に吹っ切れた感じで馬渕をイメージしたちびキャラを描いていると、部長がぽつりと言った。

「馬渕さん、美術嫌になったのかな?」

「そんなまさか」

 俺はそれを聞いて反射的に反応した。それは俺が一番否定したい可能性だったからだ。

「まさか……道具まで買ったのに」

「形から入って、すぐ飽きちゃう子だったら?」

「馬渕はそんな奴じゃないです」

 部長の方を見たが、パネルで顔が隠れて表情までは確認できなかった。

「なんでそれがわかる? 進は馬渕さんの何を知ってるの?」

 俺がそう言われて黙り込んでいると、部長は続けた。

「あーあ、こんな風になっちゃうなら最初から馬渕さんを新入部員として認めなきゃ良かったよ。あの子も今までうちに体験入部だけしてつまらない、硬いって言って去って行っちゃう子らと一緒だったのかな?」

「部長、それ以上言うと怒りますよ!」

 俺が声を荒げると、凛子が驚いて俺達の方を見るのがわかった。

「ちょちょ、なんすか喧嘩は勘弁でっせ」

 凛子を無視して部長はようやくパネルから顔を覗かせた。その表情は意外にも穏やかだ。

「じゃあ進、部長命令だ。馬渕さんに会って原因を調査して来なさい」

「わかりました」

 俺は頷くと、手早く荷物をまとめて美術室を飛び出した。

「任務完了まで美術室出入り禁止ねー」

 と背中に部長の声が聞こえてきた。


 とりあえず馬渕の教室に行ってみたが、やはりそこには馬渕の姿は無かった。帰った? それとも欠席? わからないが、とりあえず近くにいたクラスメイトと思しき女子生徒に声を掛けてみた。

「ごめん、俺二年の荻野目っていうんだけど、馬渕まこって今日来てた?」

 女子生徒は驚いた様子で周りの友達と顔を見合わせた。

「まこちゃんなら、先週からずっと休んでますよ?」

「先週から」

「はい、香奈子ちゃんなら何か知ってるかもしれないです」

「その香奈子さんって人は部活やってる?」

「やってます。でも香奈子ちゃん茶道部だから、まだ残ってるかわからないですけど……」

 茶道部。望み薄だけど行ってみるか。最後に香奈子さんのフルネームを聞いて、対応してくれた女子生徒に「ありがとう」と告げると、俺は茶道部が活動している多目的室を目指して走り出した。

 多目的室は学園祭の時以外は茶道部しか使わない教室だ。特別教室棟の一階にある。

 到着すると茶道部の女子達のものと思われる楽しげな話し声が廊下まで聞こえてきた。茶道部は女子しか所属していないんだろうか。少し気後れするが、入ってみよう。

 ノックして扉を開けると、そこには簡易的に敷かれた畳の上に女子が数名座って話をしていた。畳の上には抹茶が入った湯飲みとお菓子が広げられている。

「すみません、二年の荻野目進と申します。こちらに一年の東堂香奈子(とうどうかなこ)さんはいらっしゃいますか?」

 女子しかいない空間にアウェー感を強く感じ、ガチガチの敬語になってしまった。

「はい」

 小さく挙手をしたのはすらっとした長身が目に付く落ち着いた雰囲気の女子だった。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい」

 香奈子さん、もとい東堂さんはゆっくりとした動作で内履きを履くと俺のいる方に来た。

 他の女子達が聞き耳を立てているのがわかったので、東堂さんと廊下に出た。

「なんですか、聞きたいことって」

 東堂さんの真っ直ぐな視線に射抜かれるような感覚が走る。この子はあまり接したことの無いタイプの女子かも知れないな。

「俺、馬渕まこと同じ美術部なんだけどさ、最近馬渕が」

「まこのことは教えられません。個人情報です」

「え」

 バッサリ切り捨てられてしまった。

「いや心配なん」

「まこのことは教えられません。すみません」

「なんでそんなに頑ななの?」

「質問に質問で返して申し訳ないですが、なんでそんなにまこのことを聞きたがるんですか。ひょっとして貴方がまこをたぶらかしている件の先輩ですか?」

 たぶらかしているってどういう事だ? 馬渕は一体友達とどんな話をしているんだ……。

「正直に言うと俺がその件の先輩かも知れない。馬渕が普段君らとどんな話をしてるかわからないけど、俺は馬渕が心配なんだ。なんで休んでるのか聞いてもいいかな」

「わかりません」

「だから少しでいいから俺を信用……え、わからない?」

 俺の素っ頓狂な声を聞きながら東堂さんは視線を落とした。

「わからないんですよ。チャットも読んでくれないし、まったく理由がわからないんです」

「そっか……ありがとう」

「もういいですか?」

「ごめん、もうひとついい?」

 俺は無理を承知で東堂さんにお願いをした。


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