自信が無いから、頑張れるんだ。
「どうした馬渕、険しい顔して。苺パフェが食べたすぎる禁断症状か?」
「先輩の中の私は苺中毒者か何かなんですか……」
「いや普通こういうの見たときの女子って『おいしそ~かわい~』とか言ってはしゃぐイメージだから。馬渕は苺が嫌いか、苺好き過ぎて何かを超越した存在なのかなって」
「後半が意味不明ですよ!?」
「で、食べたいのか?」
「……食べたいですけど……」
険しい顔をしてそんなことを言うものだから、俺は吹き出してしまった。
「自ら苺中毒を認めるなんて……」
「この場合どうするのが正解だったんですか!?」
「この世が正解と不正解で成り立つと思うなよ?」
俺がにやりと不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、馬渕は少しひるんだようだった。
「あっすみません」
その反応が面白くて、俺はまた笑った。馬渕は大いに不服そうだったが、その様子も可愛らしくて俺は満足だった。今回はそれを口には出さないけど。
「じゃあ俺はこの苺ソースがかかったミルクレープにしようかな」
「あっそれもいいな……」
「別に今後来ないわけでもないし、また次にすればいいじゃん」
「うぅ」
「じゃあ呼ぶよ」
ボタンを押して店員を呼ぶと、何やら聞き慣れた声が響いた。出勤したか。
ファミレスの制服に身を包んだ佐々木は俺達のテーブルにやって来ると、一礼し営業スマイルを作った。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
「苺パフェトールと、ミルクレープ苺フェアスペシャルを頼む」
俺の注文を手早く手元の端末に打ち込むと、佐々木はすっといつもの真顔に戻った。
「なんだ荻野目、流行ものに乗るなんて珍しいじゃないか」
「俺も春だからな」
「ハッ」
「鼻で笑うな」
俺と佐々木のやり取りを聞いていた馬渕は、恐る恐るといった調子で小さく挙手をした。
「あの……先輩のお友達さんですか?」
「あぁ、君が件の後輩か。はじめまして、佐々木慶治だ」
「馬渕まこと言います、よろしくお願いします」
互いに会釈をする二人。なんだかこの二人が喋っているのは不思議な感じだ。
「では、俺は戻ってスイーツを準備してくるから待ってろ」
佐々木はそう言うと落ち着いた足取りで厨房へ消えていった。簡単なデザート類は厨房ではなくフロア担当が作ることが多いと聞いたことがある。
佐々木の後姿を見ながら馬渕は、
「なんだか大人っぽい方ですね」と言い水を口に含んだ。
「確かに、考え方も大人びてるから一緒にいて勉強になるよ」
気が付いたら俺と馬渕の間に張り詰めていた緊張の糸は緩んでいた。
「苺パフェ、楽しみだなぁ」
そう言い頬を緩ませる馬渕。最初からこういう反応を示せばいいのに、なんで選ぶ時はあんなに険しそうだったんだろう。
「まぁ佐々木が作るし、美味いんだろうな」
「先輩は佐々木さんに絶大な信頼を置いてるんですね!」
「ごめん、そこは『マニュアル通りだから誰が作っても変わらない』って言って欲しかった」
ネタで言ったのにまるで俺が佐々木大好き男みたいじゃないか。いや佐々木は良い奴だけど。
「今日の先輩は難しいです……」
馬渕は少しシュンとした。と、そこに俺達の頼んだスイーツが運ばれてきた。
運んできたのはやっぱり佐々木で、慣れた手つきで俺達の前にミルクレープが乗った皿と、差し出したコースターの上にパフェを置き、
「怨念を込めて作ったからたんと味わえ、リア充達よ」と言い残し去って行った。
「おんねん……」
「馬渕、苺パフェを見つめながらそんな恐ろしいワードを呟くな、怖いから」
俺はそう言いながらミルクレープが乗った皿を馬渕の前に差し出した。
「えっ、先輩の分ですよね?」
「一口やるよ。食べたがってただろ」
「いいんですか!? あっじゃあ私のパフェも食べてください!」
馬渕もコースターを押してパフェを差し出した。
「じゃあ交換だな、遠慮なく頂くぞ」
「てっぺんの苺以外ならどこ食べても大丈夫ですよ」
「……フリ?」
「そんな高等技術は持ち合わせてません」
馬渕が結構真剣な目でそう否定してきたから、それ以上は何も言わないことにした。
苺ソースのかかった生クリームと苺アイスの部分を掬って口に運んだ。
「うま」
「あぁ……幸せ」
俺達はそう一言ずつ感想を述べて、互いの元へパフェとミルクレープを返した。
「パフェも中々うまいな、ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。ミルクレープも最高でしたよ!」
そこで馬渕がハッと息を飲んだ。息を飲む音が聞こえるくらい大きく息を飲んでいた。そしてそのまま頬を紅潮させ始めた。あー、馬渕も気付いちゃったのかな。
この状況が傍目から見てどう見えるのか。
佐々木が何故怨念を込めていったのか。
俺は気付いていたが楽しいから言わなかったけれど。
「なんかこれ、デート、みたいですね」
「言っちゃったよ……」
折角緊張の糸が緩んだのにまた微妙な空気が流れ始めてしまった。
「ほら、食うぞ。パフェのアイス溶けるだろ」
「あっ、はい!」
それからしばし互いに無言で目の前のスイーツに舌鼓を打った。ファミレスのミルクレープってこんなに美味しいのか。
そんな中一番下の生クリームとコーンフレークを混ぜながら、馬渕は何気なく口を開いた。
「前々から聞きたかったんですけど」
俺が馬渕に視線をやると、馬渕は続けた。
「先輩は自分の絵に自信がありますか?」
「ほう」
俺は添えられていた苺を飲み込んで、一呼吸置いた。
「正直なことを言うと、まったく自信は無い」
「え、あんなにすごい絵を描くのに」
「ありがとうな。でも自信なんかまったく無いよ。俺が描く絵なんてちょっと美術齧った奴になら誰でも描けるって思ってるよ。その程度には自信が無い」
「…………」
馬渕は一瞬否定しようとしたが、それが軽率な言動だと気付いたのか黙り込んだ。
「俺は今日帰ったら作品制作に入る。自信なんかまったく無い。今年も一次審査通らなかったらどうしようって怯えてもいる。馬渕に格好悪い姿を見せたくないとも思ってる。それでも俺は描くよ。自信が無くても、だからってもう絵を描くことは止められないからだ」
「……なんだか私は、心のどこかで自信を持つっていうことを簡単に考え過ぎていたのかも知れません。先輩ほど絵の描ける人なら当然自分の技術に自信を持ってると思っていました」
「多分、俺達美術部の中で自信満々で制作をしてる人間なんていない。皆自分の作品に自信なんか無い。だからより良い、自分に今できることの集大成を発揮しようと毎回頑張ってるんだ。それはきっと凛子もそうだし、部長だって飄々としてるけどきっとそうだ。でも」
水を一口飲んで続けた。
「それが、楽しいんだ。自信が無いから、頑張れるんだ」
そう言って俺は笑った。
「自信が無いから、頑張れる……」
馬渕は俺の言葉をなぞって、それからパフェグラスの底にある、生クリームを絡めたコーンフレークを見つめた。そして、ぼそっと言った。
「私は自信の無い自分に甘えていたのかも知れませんね」
「馬渕がそう思うならそうなのかも知れないな。俺は馬渕が何も無い奴だとは思わないよ。何より馬渕には、真っ直ぐさがある」
「私も頑張れますかね?」
「それを決めるのは馬渕自身だと思うよ。でも俺の見立てだと、馬渕は頑張れるタイプだな」
馬渕はようやく俺と視線を合わせた。しかしすぐに逸らし、それから小さく、
「ありがとう、ございます」と呟いた。
なんだか胃の辺りにむず痒いものを感じたので、俺も馬渕から視線を逸らした。
「ほら、バスの時間近付いてきたし、早く食べて出るぞ」
「……はい!」
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