第3話

 


 誠は大学卒業後にサラリーマンの経験もあったが、性に合わなかったのか二年ほどで辞めた。ギャンブル好きも要素としてあったのか、何の躊躇ちゅうちょもなくその世界に足を踏み入れた。冷酷な一面も持ち合わせていた誠は、組長の命令には逆らわず、殺し以外は何でもやった。それを会長の光枝源二郎に買われ、とんとん拍子に若頭までのぼり詰めた。


 新宿のクラブで出会った梢とは四年になる。こびを売らない接客に惚れ込んで、毎日のように店に通って手に入れた。だが、その気性があだとなって、あまり客受けは良くなかった。雇われているから本来の力が発揮されないのではないかと思い、小さな店をらせてみたら、案の定、店は流行った。


 〈ラウンジ・梢〉は、ニューハーフとバイトの女子大生、カウンターには付き合いの古いバーテンを置いていた。


「社長、いらっしゃいませ」


 静かに入ってきた誠に、バーテンの清原がおしぼりを手渡した。梢は、誠のことを社長と呼ばせていた。


「忙しいな」


 入り口際のカウンターからボックス席に目をやった。


「おかげさまで。ママが商売上手だから」


「フン」


 自分の女を褒められて、誠は照れ隠しのように鼻で笑った。


「いつものでいいですか」


「ああ。どうだ、ゴルフはやってるのか」


「はい。今週の土曜も予定してます」


 嬉しそうに、グラスにブランデーを注いだ。


「もうそろそろシングルだろ?」


「とんでもないです。百を切れない時もあるんですから。下手の横好きです」


 誠の前にグラスを置いた。


「そんなことないさ、好きこそ物の上手なれと言うじゃないか」


「今度また教えてください」


「ああ。正月休みにでも行くか」


「ほんとですか? 楽しみにしてます」


「何か飲みな」


「はい、いただきます」


 清原はキッチンに入った。


「来てたの?」


 鴬色の京友禅に黄土色の袋帯をした梢が横に腰掛けた。


「酔ってるのか」


「少し。大井さん、また来てるわよ。見付かったら席に呼ばれるわよ」


「来てるのか。気付かなかった」


「六卓で背中向けて喋りまくってるじゃない。亜美ちゃんを気に入っちゃって大変」


「なーに、気付かれたら同席してやるさ」


「ねぇ、終わったら部屋に来て」


 梢が耳打ちした。


「……ああ」


 清原がチーズとナッツを置いた。


「ママっ!」


「では、ごゆっくり」


 ニューハーフの鶴姫に呼ばれた梢が腰を上げた。


「鶴姫、酔っ払ってんじゃないか」


 大声で喋っている鶴姫を見た。


「最近、深酒なんですよ。何かあったんですかね。あ、いただきます」


 清原がグラスを持った。


「あんら、社長、会いたかったわ。嬉しいっ」


 傍らにやって来た厚化粧の鶴姫は、七輪で秋刀魚を焼く時の団扇のように、付け睫をパタパタさせながら真っ赤な唇をピーチクパーチクさせていた。


「いつ見てもいい男ね。しびれちゃうっ。ね、社長、今度、デートしてぇっ」


「プッ」


 誠は思わずブランデーを噴き出した。


「はぁ? 冗談だろ?」


「冗談でこんなこと言わないわ。私の顔は冗談だけど、言ってることは冗談じゃないわ」


 ムキになっていた。


「……何かあったのか?」


 誠が真顔で聞いた。


「プッ。もうヤだ。社長ったら冗談通じないんだからっ」


 鶴姫はそう言って笑っていたが、涙目に見えた。


「失礼。おしっこタイム」


 鶴姫は剽軽ひょうきんな仕草をするとトイレに行った。


「……鶴姫さん、社長のこと好きなんですよ」


「えっ、嘘だろ? 勘弁してくれよ」


 誠は迷惑そうな顔をして、


「お前が付き合ってやれよ」


 と、清原に押し付けた。


「でもなんか、好みがあるみたいで、俺のことはタイプじゃないみたいです」


 清原はその気があるようだった。

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