第1話 世界 

僕が物心がついた時から、その塀は存在していた。光を反射してキラキラしている白くて綺麗な塀、いや、もはや壁である。近づくことは禁止されているのでどんな素材かは分からないが、砂場によく混ざっている白い粒にキラキラが似ている気がする。僕たちが普段生活している建物は、一面が灰色の壁だから余計に眩しく感じるのだろうと僕は考えた。


壁と同じ灰色の服を着た世話役が部屋に入ってくる。なんとなく塀を眺めていたことがいけないことのような気がして、バレないようそっと窓から目を逸らし、今日の世話役を見上げる。知らない顔だ。

「98番様。」

世話役が僕を呼ぶ。


「はい。わたくしです。」

世話役の前では、自分をわたくしと呼ばなければならないと教えられている。僕が、僕と言う単語を知ったのは、年少組の頃に与えられた一冊の絵本だった。冒険に出て、ドラゴンと戦う主人公(自身を僕と言っていた)の姿に非常に興奮して、それ以降自分の中で自分を呼ぶときは僕なのだ。興奮しすぎたことの罰に絵本は取り上げられており、今は読むことができない。僕はあれから組分け3つ分成長し、15歳になったが絵本のことはよく覚えている。


部屋の中には、僕と同じ服を着た同世代らしき者たちが数人いるが、僕は一度も話したことがない。3年前、僕が1つ前の組に上がった頃から子供同士の不要な会話自体が禁じられているのだ。世話役達や導師様に怒られないよう、他にも気をつけなければならないことがたくさんある。


世話役からの呼び出しは、導師様との定期面談だろう。僕たちの年齢の組では時折個人面談が実施される。導師様はとても勘が鋭い方で、僕たちの気持ちに揺らぎがあるとすぐに呼び出しをされるのだ。罰を与えられることもあれば、ご褒美を賜ることもある。


「98番様を導師様がお呼びでございます。今すぐ導師室へ。」

お辞儀をしながら世話役が用件を告げる。

「かしこまりました。参りましょう。」

手を後ろに組み、片足を半歩前に出した状態で腰を深く落とす。正式な礼を返して、世話役に続いて部屋を出る。特に文句を言われなかったことを見ると、きちんと礼ができていたのだろう。

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