紫煙の街

花紅みどり

第0話 とある街の噂

その街の外れには、高い塀に囲まれたある領域があった。学校1つ分くらいは内包できそうな敷地をボウルの底に穴を開けてひっくり返したような高い壁がとり囲んでいる。

その穴からは時々、薄紫色の煙のようなものが立ち上り、太陽の光を反射してキラキラと光ることがあり、俺はマンションの屋上からそれを眺めるのが好きだ。


中に何があるのか、誰にも分からない。ただ、紫煙がたなびく幻想的な風景だと思うと同時に、関わってはいけない世界が広がっているのではないかという本能的な恐怖も感じる。塀に入口らしき部分はない。中の音も聞こえない。入ったという人もいなければ、中を知っている人もいない。いつできたのかも分からない。


一体中に何があるのか。


時折、ふっとそんな興味が芽生えるが、その気持ちも長くは続かない。頭の中に靄がかかったようになり、自然に壁に囲まれた領域の存在が当たり前になってしまうのだ。街のみんなと話しても、誰も存在を不思議に思っていない。ただそこにあるのが当たり前。そんな場所だった。


「魔界の入口が隠されているとか、ダンジョンにつながる洞窟があるとか、ファンタジー的な何かがあるなら面白いのにね、ショウ兄?」と街に住む幼馴染の13歳の少女 ミルは唇を尖らせる。彼女はファンタジー小説の読みすぎだと思う。


「せいぜい大きなお屋敷で政治家が隠れて暮らしているとか、そんなんじゃない?」同じく幼馴染の15歳の少女リアナが言う。現実的な意見だが、ミルには納得できないようだ。


「でも、それなら誰も知らないし、気にならないってことはないと思うんだけどな?」

3人でマンションの屋上の手すりに体を預けて、ぼうっと立ち上がる紫煙を眺めていると、さっきまで考えていた不思議さや興味が薄れてきた。それは2人も同じらしい。


「まぁー、考えても仕方ないもんね。寒くなってきたし、そろそろ帰ろ?」

リアナがミルの手を引きながら、こっちを見る。


「ああ。」

短く答えて、2人の後を追って、階段に向かう。俺は階段の手前で一度壁の方を振り返る。立ち上る煙は少なくなっていたが、横から差し込む夕陽に照らされて、赤紫に見えた。


「紫煙の街、か。」

そう呟いたのが聞こえたのか、すでに階段への扉に手を掛けていたリアナもこちらを振り向き、すっと目を細める。

その瞳がなんとなく不安げに揺れているように感じ、俺は軽く手を振りながら、二人に走り寄った。


「悪い、行こうぜ。」

屋上へのドアが閉まった後、しばらくして煙は止まった。


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