第124話 天罰

後半が始まると、溝呂木はなんとしてももう一度突き放す一点を欲しがって最初からフルスロットルでプレスに来た。

千景「ボールを取られないようにパスを回そう!相手は疲れ始めるから!」

佐倉中央はサイドチェンジやロングフィードも交えつつ、ボールを追う溝呂木の選手の体力をじわじわと奪っていった。そんな中、後半8分につばさが花とのワンツーで左サイドを駆け上がると、逆サイドで梨子が多留にマンマークに付かれているのを見た。

つばさ(これは狙えるかも…!)

寄せてきたSBの股を抜いてペナルティエリアに侵入すると中に走り込んできた二人を見て速いグラウンダーのクロスを上げた。

梨子(ナイスクロス!これは触るだけで…!)

つばさ「スルー!」

梨子(えっ?スルー!?でも上げた本人が言うのなら…!)

その場に立ち止まってボールをやり過ごした梨子の後ろには全速力で走ってきていた多留。

多留(はわわ!だめだめだめだめ!)

しかしそんなに簡単にスピードは落とせない。ボールは多留の足に当たってゴールに吸い込まれた。まさかのオウンゴールに多留は頭を抱えている。

佐倉中央のメンバーはつばさを讃えながら自陣に戻った。

梨子「こうなるって分かっててスルーさせたの?」

つばさ「はい!梨子さんの前にはGKがいましたし、合わせられても止められてた可能性があったので、逆にひらめきました!」

花「すごいよ!ほんとに!」

一方、多留は平身低頭で謝っており、殆どのメンバーは気にしないよう言っていたが、一人だけは別であった。

女鹿口「信じられないのです。先制点を決めても逆転の1点を自ら献上してしまうなどありえないのです。」

多留「本っ当にごめんなさいぃ…。」

女鹿口「もういいのです。」

その直後のプレーで千景がボールを持つと、寄せてきた多留を躱すと完璧に裏をとった瑞希にスルーパスを出した。瑞希は飛び出してきたGKを抜き去るとシュートを放つが、利き足でない左足であったのと体勢を少し崩していたためシュートが弱く、戻ってきた女鹿口にクリアされてCKとなってしまった。

女鹿口(本当にムカつく奴ら…。)

ボールをセットしたつばさはペナルティエリア内を見渡している。しかし、殆どの選手はマークされており、上げるに上げられなかった。

つかさ「つばさ!」

中でボールを待っていたつかさは自らボールを受けに走ってきた。つばさはパスを出すとペナルティエリア内に向かって走った。つかさはリフティングで付いてきたDFを躱すとボールがドロップした瞬間にインサイドに当てて柔らかいボールをファーサイドへ送った。

つかさ(あとは決めるだけだよ!瑞希!)

ボールに反応してジャンプしているのは瑞希ただ一人。そしてボールを頭に当てた瞬間に得点を確信した。


ガツンっ!


という音が響く。ボールはゴールの中でバウンドしているが、明らかに何と何かがぶつかったような鈍い音だ。全員がボールに意識を集中しており、次に音の鳴った場所を見ると倒れているプレーヤーが一人。

真帆「瑞希!?瑞希!」

主審はゴールを認めると共にメディカルスタッフを呼び寄せた。瑞希は眉尻の当たりがパックリと割れて出血がかなりある。メディカルスタッフは水で血を洗い流し、タオルと氷嚢ですぐに止血とアイシングをしていた。会場は騒然としていた。瑞希は幸いにも意識はあり、コミュニケーションはとれているようであった。後藤は瑞希に試合続行ができるかを聞いたが、少し怪しそうな顔をしたため、珠紀とチェンジすることを決めた。

後14 OUT:18 瑞希→IN:24 珠紀

しかし、その横では選手同士が揉めていた。

千景「あんた態と頭をぶつけにいってたよな?どんだけ性格悪いんだよ?」

女鹿口「言いがかりをしないでほしいのです。私だってボールを狙ったのです。」

千景「だけど明らかに瑞希がヘディングした後に当たりにいったじゃん。一発退場でもおかしくないからな?」

女鹿口「ありもしないことをごちゃごちゃと煩いのです。これだから偶然で優勝できたチームは…」

千景「おいてめぇ今なんつった!」

梨子とつかさが千景を慌てて静止する。千景はかなり頭に血が昇ってている。主審も両選手に注意をしている。

千景「いいか!よく覚えておけ!お前いつか天罰が下るぞ!選手だけじゃなくチームすら侮辱するぐらいだからな!」

女鹿口「なんとでも言えばいいのです。」

主審は両選手が止まらないことからイエローカードをそれぞれに提示した。千景は宥められながら自陣へと退いていった。

後藤(勿体無い。累積イエローの事を話しておくべきだったな。選手のためにも。)

本大会では累積2枚のイエローカードで次の試合の出場が停止となる。重要な試合の前に出場停止となってしまってはチームの戦力が大きく落ちる原因ともなる。

後藤「お疲れさん、目の方は大丈夫か?」

瑞希「はい、なんとか。応急処置をしてもらいましたが、終わったら病院へ向かうよう言われました。」

後藤「了解した。恐らくだが試合はもう決まっている。今日のMOMは君だろう。相手を知っていたとはいえ、よく頑張ってくれた。」

後藤は瑞希とグータッチを交わした。しかし、そんな矢先の23分、ピッチ内では女鹿口がボールを持ったところを雛が身体を入れに行くと、女鹿口は大袈裟に転がって腕を押さえて苦悶の表情を浮かべている。

雛(シミュレーションだからプレーは続く!)

と思ったが、主審はホイッスルを鳴らして溝呂木ボールとした。佐倉中央ベンチだけでなく観客までもが立ち上がった。

「ファールじゃないだろ!」

「自分から転んだのよ!審判もっとちゃんと見なさいよ!」

判定は覆らず、ペナルティエリアのすぐ外にボールは設置されてキッカーが助走をとった。佐倉中央は千景、真希、花、つかさ、真帆の5人が壁を作った。キッカーは緩めに壁を越すボールをエリア内にボールを蹴り込んだ。その後ろで女鹿口が高々と跳んで溜めて頭で合わせる。

美羽(こんな人に失点なんかしない!)

その瞬間に美羽がパンチングして女鹿口ごと跳ね返した。またしてもシミュレーションを狙おうとした女鹿口が美羽にぶつかりに行き、空中でのバランスを崩したが、体勢としては美羽が上になる形で落下した。美羽は女鹿口がクッションとなりダメージは殆ど無かったが、女鹿口は腹の辺りを抑えて蹲っている。千景は相手陣内のタッチラインに向けて大きくクリアした。主審がホイッスルを鳴らしてプレーを止める。

女鹿口「…ぴ…PK……。絶対に……。…審判…早く…GKを……退場…に…するの…です……。」

主審「今のは故意に君の上に落ちたわけじゃないからPKはないよ。それよりも、プレーは続けられそう?」

それを聞いた女鹿口はゆっくり身体を起こしながら言った。

女鹿口「おかしい…。絶対に…退場でもおかしくないプレーなのです。」

腹を抑えながら美羽に詰め寄った女鹿口は美羽のユニフォームを掴んで物凄い形相で睨みつけている。しかし、その身体はふわりと浮いた。そこには多留が女鹿口のユニフォームを引っ張って顔を寄せていた。

多留「良くないですねぇ〜。選手にはリスペクトを持ちましょうよ。サッカーをしている人は皆尊い選手ですので、私が見たい選手を傷つけないで下さい。もう貴女は見たくないので、消えてくれませんか?」

先ほどまでの変態な多留とは違い、自らの愛する者が傷つけられた怒りがありありと現れていた。そのまま女鹿口を自陣のベンチに向かってユニフォームを引っ張っていった。溝呂木の監督は多留の話を二つ返事で聞き入れて交代を申し入れた。女鹿口はビブスを着ると顔をタオルで覆った。泣いているのか怒りが収まらないのかは定かではないがその身体は震えていた。戻ってきたそのまま多留がスローインでGKにボールを渡すと佐倉中央陣内に蹴り込んだ。キャプテンの千景が手を高く上げて拍手をすると、釣られて会場からも温かい拍手が送られた。

多留(まだ勝負は決まったわけではないですから、最後まで全力で行きますよ!)

溝呂木のプレーヤーは体力が尽きそうであったが、ボールを追い続けた。後半のアディショナルタイムに入っても攻め続け、最後の最後にCKのチャンスを得た。GKも守りを捨てて全員が攻め上がった。カーブのかかったボールはGKに向かい、GKも高身長を生かして頭でラストタッチをするが、ボールはバーの上を超え、その直後に長い笛が3回鳴らされた。この大会唯一の初戦高校対決には会場から拍手と声援が送られた。多留は一人一人の目を見て感謝を伝えて握手とハグを交わした。そしてグラウンドの中心に立つと深々と頭を下げた。多留は高校三年生。この三年間をサッカーに捧げ、この日にその幕を下ろした。その感謝と、最後にチームメイトの不手際を抑止出来なかったことに対する彼女なりの謝罪であった。彼女は目元を抑えて肩を振るわせていた。他のチームメイトの3年生であろう選手数人も彼女に寄り添って同じように頭を下げた。会場からは溝呂木コールがこだましていた。

溝呂木高校戦の評価点は以下の通り。

得点者: 瑞希2、OG

アシスト:花、つかさ

警告:真希、千景

途中交代:後:悠香→真帆、後14 瑞希→珠紀

美羽:8 真希:6 雛:7 美春:6 悠香:6 つかさ:7 つばさ:7 千景:6 花:7 梨子:6 瑞希:9 真帆:7 珠紀:6

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