第121話 Lead to 皇后杯
残暑も形を潜め、金木犀が良い香りを放ち、心地よい空気が流れ始めた10月の秋空の下、佐倉中央高校のサッカーグラウンドではミーティングが行われた。11月末から勝ち進めば1月末まで続く皇后杯に向けて準備を整えるためだ。
後藤「ユニフォームや背番号は据え置き、メンバーも大きな怪我が無ければそのままで行くつもりだ。勝ち進んでいくとプロチームと必ずぶつかるが皇后杯に限らず試合において絶対など存在しない。君たちの気持ち次第で結果は大きく変わる。吉沢、広瀬、初戦のチームの情報を紹介してくれ。」
広瀬「初戦は山梨県の強豪、溝呂木高校です。昨年も皇后杯に出場しており、当時N1リーグ4位だったスピカ広島に勝利してベスト16に駒を進めました。」
吉沢「中部地方予選の時のスターティングメンバーは昨年から8人変わっていますが、変わらなかった中で要注意人物は2名ほど挙げられます。まずDF3年の多留華暖(たるかのん)。彼女はストーキングマークが特に注意すべき点ですね。」
花「ストーキングマーク?どういうこと?」
吉沢「彼女はとにかく一度目をつけた相手は何処まででも徹底的にマークし、自由にプレーさせないスタイルをとってます。FWやMFに限らず、DFの選手にも容赦なくマークを着くのでポジショニングには気をつけてください。」
広瀬「2人目は2年MFの女鹿口伊那(めかぐちいな)ですが…情報が少なすぎる。143cmの低身長というぐらいしか…。」
雛「えっ、いっちゃん…?」
広瀬「知っているの?」
瑞希「私と雛はその子と小学校は同じだったんだ。転校しちゃったけどまだサッカーを続けてたのは知らなかった…。」
雛「もし、プレースタイルや性格が変わってないのであれば彼女はとにかく狡い。マリーシアを得意とする選手です。また、元々FWの選手だったからドリブルやシュートもお手の者の選手です。」
後藤「なるほどな、対策は今からでも遅くはない。吉沢、広瀬、地区予選や昨年の皇后杯などの映像も入手できるならできる限りしておいてくれ。そして、ひとつ勝てば皇后杯ではほぼ必ずプロチームと当たる。私たちが勝てば当たるところは…」
選手は固唾を呑んで聞いている。
後藤「札幌ホワイトロックだ。知っている選手では吉良がいるところだな。だが、勝たないことには意味がない。まずは目前の試合に集中することだ。いいな。」
「はいっ!!!」
後藤「あと、本戦では選手のベンチ入りの人数に指定はない。ベンチ入りの7人を絞る事はないから全員が試合に出るチャンスはあるが、勝ちを狙っていくからこそ誰でも出すというわけではないことを頭に入れておけ。以上。」
自宅のPCで試合動画を検索していた吉沢は女鹿口のマリーシアと多留のストーキングマークを確認した。
吉沢「こいつぁ大分マークにスタミナが持っていかれそうだが、使いようによればミスや穴を誘発させることができる。女鹿口は審判の目の届く場所にいさせたいけど手厳しそうならつかさやつばさで上手いこと対処してもらうか。」
その夜、つかさの携帯電話に着信が入った。
つかさ「もしもし?」
楓「おお、つかちゃん!楓ねーちゃんや!」
つかさ「どうしたの?何かあった?」
楓「何かあった?って、皇后杯のトーナメント確認しとらんの?」
つかさ「うん、初戦と勝ったときの対戦相手しか確認してなかったよ。」
楓「かぁ〜!つかちゃん、ウチはちゃんと確認したで?お互いに順当に勝ち進めばベスト8で対戦するんやで!今から対戦が楽しみやな!」
つかさ「でも、何があるかわからないし…。」
楓「そんな弱気だったら初戦で負けるで?」
突然核心を突くような発言につかさの心臓は一度大きく鳴った。
楓「勝つ事だけ考えりゃええ。チームの1人でも弱気やったら、ましてやチームを引っ張るつかちゃんがそんなんやったらアカンのちゃうん?ええか?ウチらは必ずそこで当たる。それだけ考えて試合に臨みな。」
つかさ(楓ねーちゃんの言う通り…。私がこんなんじゃ勝てない。だったら私も!)
つかさ「うん、そうするよ。ベスト8に上がって、直接対決を制するのは佐倉中央だから」
楓「言うようになったやん。その勢や!ちなみに、最初に当たるプロチームってどこなん?」
つかさ「札幌ホワイトロックだよ。」
楓「なるほどな。また初戦勝ったら電話してな。攻略法を教えたる。まずは頑張りや!」
つかさ「ありがとう。楓ねーちゃんも頑張ってね!」
楓「ほーい、じゃね〜。」
電話が切れるとつかさは自分の頬を叩いて気合いを入れ直した。
つかさ(絶対に勝つ!絶対に勝つ!!!)
瑞希は家に帰ると女鹿口に電話をかけた。呼び出し音が鳴っている中、色々な事を思い出していた。
瑞希(連絡するのは中学生の時以来だから3年ぶりぐらいか…。流石に性格は変わってないと思うな…。)
女鹿口「みぃちゃん!?久しぶりなのです〜!元気にしてたのですか?」
瑞希「うん、元気だよ。いっちゃんは?」
女鹿口「私は勿論変わらず元気なのですっ!急にどうしたのですかぁ?」
瑞希「みぃちゃん、まだサッカー続けてるのかなぁ、と思って掛けてみたんだ。」
女鹿口「あったりまえなのです!来月末から皇后杯っていう全国大会に出場もするのです!」
瑞希(うう…どう切り出そう…)
女鹿口「ひぃちゃんはまだサッカーを続けてるのですか?」
瑞希「え?う、うん。続けてるし、実は私もサッカーやってるんだ。」
女鹿口「まさかとは思いますが、佐倉中央高校ってところでやってるのですか?」
瑞希(なんで気づいたの!?怖いよ!)
女鹿口「何も言わないってことは図星なのですね。素面のフリして私から何かを聞き出そうとするなんて意地汚いのです。」
瑞希「ち、違うよ!そんなつもりじゃ…」
女鹿口「うるせえよ。」
瑞希「えっ…」
女鹿口「試合出たらどうなるか分かってんな?容赦なく叩き潰すから。」
瑞希(あちゃ…裏の顔引き出しちゃった…)
女鹿口「ま、去年の全国制覇は夢物語だったと思ってますので、試合では溝呂木高校が勝つ未来しか見えないのです!せいぜい頑張るのですよ〜。それでは〜。」
電話が切れた先で瑞希は内なる闘志を燃え上がらせていた。
瑞希(やってやる!絶対に佐倉中央が勝つ!勝って今言ったことを後悔させてみせる!)
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