第119話 ラッキーガール

後藤「君のことだよ、咲。」

咲「えええ!私ですか!?」

後藤「ああ、令和学園の初戦で1点目を決めたのも君だろう。君は“持っている”プレーヤーだと私は思っている。後半頭から行けそうか?」

咲「はっ、はい!頑張ります!」

後半

OUT:19 伊織→IN:20 咲


咲はポジションをつばさとチェンジしてLMFに入り、つばさはOMFのポジションをとった。

雨は前半よりは弱まったが、それでも常に選手を濡らし続けている。後半が始まると、開始5分で横浜の選手は明らかに体力が落ちていることが目に見えてわかった。後藤の予想通り、水分を殆ど摂っていなかった横浜の選手は蒸し暑さと不慣れなグラウンド状況にどんどんスタミナを奪われて動きが止まり始めたのだ。佐倉中央の選手も全員がそれに気づいていたため、GKの体力さえも尽きさせようというぐらいにどんどんシュートを狙っていった。10分を回った時点で佐倉中央の後半に放ったシュート本数は13本、横浜は0本であった。

真希「チャンス続いてるよ!決められるよ!」

後藤「つかさやつばさの中央突破任せじゃなくてサイドをもっと使ってピッチを広く使え!相手は疲れている!今ならチャンスなんだぞ!」

佐倉中央はその後に選手交代を行った。

後半17分

OUT:3 雛、8 仁美→5 真帆、16 沙江

CBに樹里が入り、LSBは真帆が入った。その2分後、漸く横浜はシュートを放ったがボールは大きく枠外に飛び、佐倉中央のゴールキックとなった。愛子はショートパスで真帆に渡すと真帆は沙江に速いグラウンダーのパスを送り、沙江は手で相手をボールから離しつつ萌に軽くはたいて落とし、萌は右サイドを駆ける花にロングフィードを送った。花はここでトラップやドリブルをするのではなく、ヘディングでサイドチェンジを選択し、会場は予想外のプレーに声が漏れた。横浜の選手は大きく左右に揺さぶられてディフェンスラインは崩壊しかかっていた。ボールの落下地点にはラッキーガール、咲が走っている。

咲(ラッキーガールって言われてチャンスを貰ったからには絶対に決めるっ…!?)

咲は落ちてくるボールをずっと見ており、スリッピーなコートを全く意識しておらず足を取られ、ズシャアという音を立てて前のめりに転倒してしまった。

つかさ(あっ…!)

しかし、やはりラッキーガールの豪運は伊達ではなかった。ボールは偶然にも転倒した咲の振り上がった右足の踵に当たってスコーピオンシュートの要領でゴールへと飛んだ。観客の歓声は大きくなり、佐倉中央のベンチも後藤やマネージャーを含めて総立ちとなった。GKは慌てて下がり思い切り手を伸ばすとボールにわずかに触れてボールはバーの上を越えていった。GKは味方からスーパーセーブを称賛されていた。入ればスーパーゴールが見られたといったところであったが、チャンスは続いている。右サイドからのCKでキッカーはつばさ。

つばさ(ハイボールだと競り負けると思うから速いニアに落とすようなボールで狙おう。)

中にいるプレーヤーに右手を挙げると、つばさは左足でボールの下から左上に向かって擦り上げるように蹴った。思った通りボールには回転が掛かり、カーブすると同時にニアサイドで急激に落下した。GKはハイボールが来ると思っていたため反応が遅れ、キャッチを試みるも濡れているボールはよく滑るため、一度胸に収まったボールを取りこぼしてしまった。慌てて横浜の選手が大きくクリアしようとするも、ボールは別の選手の頭に鈍い音を立てて当たった。


天高く上がったボールの落下予測地点には我先にキャッチしようとしているGK、なんとかして先に触って得点を奪おうとしている佐倉中央の選手、佐倉中央の選手にボールを触らせまいと身体を入れる横浜の選手で犇いていた。ボールが落下してくると真っ先に飛び上がったのはつかさ。それとほぼ同じタイミングでGKも飛び上がって手を伸ばすが、2人ともタイミングは若干早くボールはGKが手で弾いた。サッカーの神はやはりそこに居るのであろうか、そして運命的な悪戯を働いているのだろうか。弾かれたボールはある選手の足元へと舞い降りた。落ちるボールに集っていた選手が見た光景は、背番号20を背負い紫色のユニフォームを纏ったラッキーガールが、邪魔するものが何もないただ目の前に開いていたゴールマウスにボールをインサイドでしっかりと撃ち込んだ瞬間であった。その瞬間にラッキーガールは自らの歓びを体現するかの如く、コーナーフラッグを目掛けて頭から飛び込んだ。水飛沫が彼女を包むと同時にゴールに呼応した紫色のユニフォームを身に付けたプレーヤーが彼女に覆い被さった。


咲「やった!やった!やった!」

花「本当に持ってる!すごいよ!」

沙江「ナイスポジションでした!」

会場もラッキーガールの存在に大歓声が上がっている。主審がピッピッとプレー再開を促すと、メンバーはいそいそと自陣に戻った。咲は観客席に大きく手を振っている。

残り20分、佐倉中央は何としてもこの一点を死守しようとする一方、ベルーガ横浜は守りなんか捨てて全員で一点をもぎ取りに来た。ロングシュートもお構いなしにどんどん放つ。もはや佐倉中央は防戦一方であったが、得点には繋がっていなかった。しかし、39分に佐倉中央の左サイドを強引に突破されるとそのままグラウンダーの速いクロスを上げられた。中にいたFWはスルーを選択し、その先には悠香と別のFWが競り合いながら足を伸ばした。先に触ったのは悠香であったが、ボールはゴール方向へと飛んでいる。

悠香(やっば…!やらかした…!)

素早く反応した真希が足を伸ばしてコースを変えようとしたがそれすらも悪い方向へ働いた。愛子は低い姿勢を保っているがボールはゴールの上方向へ飛んでいる。どう考えても愛子が今から立ち上がって止められる高さではない。

真希(そんな…!)

佐倉中央のベンチのメンバーは頭を抱えた。

しかし愛子の後ろ、ゴールの中には樹里が待っており、頭に当てたボールはクロスバーに当たりペナルティエリア内に落下した。愛子は必死にボールを胸に抱えてピッチに倒れ込んだ。樹里は拳を高く上げてアピールしている。会場はまたも大きく沸いた。そのままアディショナルタイムも消化し、佐倉中央は皇后杯本戦への切符を手にした。

ベルーガ横浜戦の評価点は以下の通り。

佐倉中央1-0ベルーガ横浜

得点者:咲

アシスト:なし

警告:なし

途中交代:後 伊織→咲 

     後17 仁美・雛→真帆・沙江

愛子:6 真希:7 雛:5 樹里:7 悠香:7 萌:6仁美:6 伊織:5 つばさ:6 花:6 つかさ:6 咲:8 真帆:6 沙江7


帰りのバスにて、咲は試合を完全に自分のものとしたラッキーガールとしてメンバーに持て囃された。

梨子「MOMだからもっと堂々としてなよ〜」

咲「たまたまボールが来ただけだよっ!」

伊織「そんなこといって満更でもないしてんじゃんか!」

瑞希「負けてられないっ!私だって結果残すんだから!」

後藤「はい、注目。まずは皇后杯出場確定したな。よくやった。地区予選は終わってないが、我々にとって残り2試合は消化試合というわけだ。だからこの2試合はターンオーバーをすることにした。」

ターンオーバーとは、主力選手を出場させずに控えの選手を中心とした選手で試合を戦うことである。選手の身体状況や体力、メンタルのケアの為に取り入れているチームもある。

後藤「普段スターティングとして出ることの多い選手はこの機会に是非とも疲労をとってほしい。準決勝の相手は共栄浦和女子高校だ。あまり全国区には出てないが実力はあるチームだということには変わりはない。気を抜かずにいくこと。いいな!」

「はいっ!!!」

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