第118話 Mad Match

翌日、天気は生憎の雨模様だが試合は行われる。佐倉中央は朝早くからバスで群馬県の高崎スポーツフィールドに向かった。車内で後藤はマイクを持った。

後藤「今日は見ての通り雨。ボールや選手の動きはイレギュラーになりやすい。」

通常、ボールにバックスピンをかければバウンドした際に回転でボールは止まりやすいが、雨に濡れたコートはボールがバウンドすると非常に伸びる傾向にある。選手もスリップやトラップなどのミス、ユニフォームやシューズが水を吸うことで疲労が溜まりやすくなるなど、大分やりづらくなるのだ。

後藤「ベルーガ横浜のフォーメーションは3-4-3。非常に攻撃的だが、守備は堅いと言われている。苦しい展開は続くかもしれないが、ここで勝って確実に皇后杯に駒を進めよう。」

ピッチに到着すると、既に大粒の雨が降り注いでいた。ここで後藤は大きな決断を下す。

後藤「今日のアップはスタメンとベンチ外のみが行う。ベンチ入りメンバーはテントの下で待機。吉沢と広瀬もアップに加わってくれ。」

捨て駒というわけでは無いが、ベンチ外の選手はこの日試合に出ないため影響は殆どないと考えたのだ。その時に発表された佐倉中央のスタメン・ベンチは以下の通り。

GK:1 愛子 DF:15 悠香 MF:10 つばさ

DF:2 真希 MF:6 萌   MF:19 伊織

DF:3 雛  MF:8 仁美  FW:17 つかさ

DF:14 樹里 MF:7 花


        つかさ


 つばさ    伊織     花


     萌      仁美


樹里    雛    真希 C   悠香


        愛子


リザーブ:美羽(GK)美春(DF)真帆(DF)沙江(DF)咲(MF)瑞希(FW)千景(FW)


愛子「うわっ…大分ボール伸びるね。」

メアリー「イレギュラーは気をつけて下サイ。バックパスも危ないデス。」

愛子(ただ、裏を返せば低弾道のロングパスも通せるって事だよね…?)

伊織「やばい、もうスパイクに染み込んできた…。シュートも撃ちづらいし…。」

珠紀「水も跳ねるので守備の眼に入る可能性もあるので気をつけたいですね。」

アップが終わるとベンチ外メンバーは観客席に下がりそれ以外のメンバーは控え室に戻った。

場内アナウンスで両チームは呼び出され、ピッチ上にはスタメンが並んだ。相手は社会人チームということもあり、前回の水戸大学よりも幾分か年齢は上のように見える選手が殆どであった。

主審「それでは佐倉中央ボールで開始します」

雨に目を細めながら主審は笛を鳴らした。

つかさはこの天候ならばと思い、ワンチャンスを狙ってロングシュートを放つが濡れたボールは思ったより飛距離が伸びず、ペナルティエリア外でバウンドしてGKの胸の中に収まった。

GKは最終ラインを上げさせると低弾道のパントキックを放った。地面スレスレのバックスピンのかかったボールは何回かバウンドしながらどんどん伸びる。樹里がトラップするが、イレギュラーなボールは足に収まらずトラップミスとなった。相手選手はボールをコントロールすると一気にクロスを上げた。

愛子(まずい!掻き出さなきゃ!)

相手のFWがシュートモーションに入っているが、愛子がパンチングで先に触りボールをペナルティエリア外に出すが、ルーズボールはまたしても横浜の選手に渡ってしまった。愛子はゴールから少し距離のある場所にいるため、その選手はシュートしようとしたが、スリッピーな芝に足を取られて空振って転倒してしまった。すぐさま仁美がボールを大きく前線にクリアしてピンチを逃れた。

その後も両チームヒヤリとするシーンや転倒、ミスが相次ぎ全くと言っていいほど本領を発揮できない泥試合となった。

前半37分、真希のロングフィードを相手のCBがトラップしたところをつかさが上手いこと奪ってGKと1対1の大チャンスが訪れた。

つかさ(きた!決めてみせる!)

GKが飛び出してきたところをループで頭を越すシュートを放った。ゴールを確信してつかさはその場で止まってしまった。しかし、ボールは少し溜まっていた雨水にべしゃっと音を立てて落ちて止まってしまった。バウンドが殺されたボールにつかさは走り出すも、GKは必死にボールを抱えてしまった。会場からは残念そうな声が漏れた。

つかさ(せっかくのチャンスだったのに!)

直後に佐倉中央は横浜のパスワークでディフェンスラインを崩され、樹里と雛の間を切り裂くスルーパスにダイアゴナルランで反応したFWが愛子と1対1の状況となった。愛子は前に飛び出してシュートを弾いたがボールに付着していた泥水が愛子の視界を奪った。

愛子(やっば…何も見えない!)

ボールは点高く上がり、そのままFWの頭上に落ちて来たところをヘディングで押し込もうとしたが、雛が競り合いに参加してボールをペナルティエリア外に掻き出した。愛子は目を擦って漸く視界が戻ってきたが、ボールは横浜の選手の足元。樹里がシュートブロックに入るも股下を通すシュートはゴールへと向かう。愛子はどう考えても間に合う距離にいない。

悠香(コートがよく滑るからこそ、これなら間に合うはずっ!)

ボールがゴールラインを割るかといったところで悠香がもの凄いスライディングで飛び込み、ボールをペナルティエリアに残したところに愛子が漸くボールを胸に抱えた。またしても観客からはどよめきが起こった。4分後に前半終了のホイッスルが鳴ると、愛子は悠香の元へと向かって握手した。

愛子「めちゃくちゃ助かりました!」

悠香「いいってことよ!私もそんぐらい勝ちたい気持ち強いってこと!後半も頼むよ!」

屋根のあるベンチに着くと、後藤は真っ先に水分を摂らせた。9月の初旬はまだ残暑が厳しくこの日のような雨の中でも気付かぬうちに汗をかき体内の水分が減っていることが多いからである。対して横浜の選手は殆どが水分を摂っていない。

後藤「お互いになかなか上手くいかないことが多いな。こういう時に必要なことは勿論冷静に虎視眈々とゴールを狙うことだが、それと同じぐらい必要なものがある。運だ。」

瑞希「今から晴れるよう願うんですか?」

その発言にチームからは笑い声が生まれた。

後藤「ちょっとテイストが違うな。私の思うラッキーガールを後半から投入する。」

沙江「ラッキーガール…どなたですか?」

後藤「それはな…」

そう言うと後藤は1人の選手の肩に手を置いた。

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