第115話 千景と楓

夕食の際に楓は思い出したように話を切り出した。

楓「そうや、佐倉中央の3年の選手が今度堺の入団テスト受けるってコーチが言っとったな。二人は知っとるん?」

つかさ「特に聞いてないなぁ。ポジションとかは聞いてないの?」

楓「FWの子らしいな。あ!そう、鈴木!名前は千景言うてたかな?」

つばさ「そうなんだ!でも、確かに千景先輩ならプロでもやれそうだよね。」

楓「そんな凄いんか?でもポジションは渡さへんけどな!あっはっは!」

つかさ「明日挨拶にでも行ってみる?」

楓「ええんか!?行こ行こ!どんな選手か気になってたとこやしな!」

翌日、千景の家に行きチャイムを押しても反応がなかった。

つかさ「あれ、お出かけしてるのかな?」

もう一回押してみると、上の窓が開いて眠そうな千景が顔を出した。

千景「あ、おはよ〜。まだ11時だよぉ?」

楓「“まだ”じゃなくて“もう”やろがい!」

千景「んん?どちら様ですかぁ…?ふわぁ…」

楓「自分のチームメイトになるかもしれん人間や!なんや!自分はウチのこと知らんのか!」

千景「うわぉ、万場選手。昨シーズンもめちゃくちゃカッコよかったですよ。」

楓「ほんまか!おおきに!ってちゃう!鈴木!自分の力見にきたったんや!降りてこい!」

千景「涼しい部屋で寝てたいのに…」

窓をぴしゃりと閉めた千景はぶつぶつ言いながらも運動ができる服装に着替えて出てきた。近くのサッカーゴール付きの公園でアップをし、一通り終わると楓はボールを千景に渡した。

楓「まずはドリブルでウチを抜いてみぃ。」

その瞬間、千景はボールを落として楓の股を通して横をすり抜けた。

千景「万場選手、終わりました。」

楓は目をぴくつかせてボールを再度渡した。

楓「次はシュートや。ウチが色んなパスを出すから、シュートを決める。DFは二人にやってもらおか。」

千景はこれすらも難なくこなした。楓はどれだけ鬼パスを出しても千景は合わせてきた。

楓(なんや…?脱力してるのに全然下手やない。寧ろ…。)

千景「あの〜、そろそろ帰りたいんですが…」

楓「なんでもっとやる気出さないんや?二週間後やろ?入団テストは。」

その問いに千景は即答した。

千景「最大限に準備できてるからですよ。11時でも怠けてると思いました?それは違います。今日は朝の3時すぎからラントレやウェイトレをやってましたから。終わったのは8時、つまり私は3時間しか寝てなかっただけです。」

つかさ「でも、どうしてそんなハードスケジュールでやってるんですか?」

千景「基本的にNリーグは夏はオフシーズンだから、バカあちぃ中で試合することなんてないでしょ?だから朝と夜にトレーニングするほうが実際の気温とかに近いからね。」

楓「自分そこまで考えとったんか…。間違いないわ。つかちゃん、この子受かるわ。」

千景「おやおや、選手公認ですか。まあ気分も良くなったところで私は帰って寝ます。」

楓「好きなだけ寝ぇ。次は堺で会おうや。」

千景「お疲れした〜。」

つばさ「千景先輩、凄かったね!」

つかさ「うん!私たちも帰ろうか。」

楓「付き合わせちゃったからな、楓ねーちゃんが飯奢ったる。何食べたい?」

三人は街に向かって歩き始めた。その逆の方向に向かって歩いている千景はというと…

千景(あっぶねぇぇぇ…。ミスしたら絶対死んでたわ…。)

余裕そうな表情とは裏腹に心臓が爆発しそうなぐらい鳴っていた。

しかし、その二週間後に行われた入団テストで千景はトップの成績を収めて契約書にサインをしたのであった。

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