第104話 絶対に負けられない戦い
千景(さあて、私らがいない間にボコボコにしてくれたチームが如何ほどのものなのか、教えておくれよ。)
キャプテンマークを巻いてワントップに入り、にんまりとしている千景。3回戦の佐倉北を6-0で下し、勢いに乗った佐倉中央が対峙する11人は総体覇者の日大船橋。この日は千葉県高校女子サッカー大会の準決勝。負けた方は関東大会への切符を逃す。そう、3年生にとってはこの試合が最後の試合になるのかもしれない。試合前の円陣で真希は声を振るわせながら声をかけた。
真希「大丈夫だよっ!勝てる!信じたもの全部出し切る!レッツゴー!佐倉中央!」
「おーーーーー!!!!!」
佐倉中央のフォーメーションは以下の通り。
千景(C)
花 梨子 つばさ 伊織
萌 仁美
真帆 真希 樹里
愛子
控え
GK:美羽 DF:悠香 美春 雛
MF FW:柚月 瑞希 雅 凛
林「ここが天王山。私たちにある選択肢は超えることだけ。先日の負けなど引きずるな。なぜなら私たちは強い!日船、行くぞ!」
「おーーー!!!」
日大船橋のフォーメーションは以下の通り。
火野 ○
畔上
門田 酉野
春日井
茨 名取 大石 ○
林
主審が時計を確認してホイッスルを鳴らす。火野が春日井にバックパスをすると春日井は一気に前線に展開する。佐倉中央陣内には既に5人が侵入するが、ボールは少し伸びすぎてしまいゴールラインを割ってしまった。春日井は軽く手を挙げて謝罪の意思を伝えた。会場からは優勝候補同士のオープニングプレーに既に拍手が生まれた。佐倉中央は絶対的エースが不在とはいえ、その状況で2ヶ月間練習を重ねてきた。チームとしてのまとまりはかなり整ってきている。しかし、やはり欠けるのは決定力。千景やつばさを中心に積極的にシュートを放つも、日大船橋の砦、林には全く歯が立っていない。というのも、やはりシュートの前に春日井の寄せがかなり効いており、無理な姿勢でのシュートやブロックされることで威力が弱まり、易々とキャッチされてしまう。
林(欠けていたメンバーの数人が入っても弱いのには変わりないんだよ!)
パントキックされた球はセンターサークル付近の畔上がトラップする。萌と仁美が対応するも門田にパスを出されて右サイドをフリーにさせてしまった。樹里がなんとか遅らせまいと門田に向かうが、門田はそれを狙ってスルーパスを出した。すぐ後ろから猛スピードで茨がオーバーラップして佐倉中央の右サイドを切り裂く。
真希(中にはもう枚数が揃ってる…!最悪ファールでも止めなきゃ!)
茨はまだボールに追いついていない。真希は自分のポジションを離れてボールに向かってスライディングをした。ボールは走ってきた茨と真希の足とで板挟みとなり、茨は勢いそのままに前方に転倒して1回転した。真希はその隙に大きくクリアしてボールはタッチラインを割ったが、日大船橋の選手達は主審や真希にファールだろうと食いついている。茨は左足を押さえて倒れ込んでいる。主審は首を横に振り、茨の状態を確認しに行く。なんとか立ち上がり自陣に戻ると樹里は真希に近づいた。
樹里「助かったよ真希!」
真希「やっぱり3バックは少し不安そう?」
樹里「少しかな。また同じようなプレー出てきたら仁美とつばさを一つずつポジション落としてもいいと思ってる。」
真希「おっけー。」
その後は茨はやはり足が痛むのか、縦へのオーバーラップやスピードプレイが殆どできなくなっていた。利き足が右であるものの、踏ん張りが思うように効かずクリアも弱まった。
つばさ(今がチャンス…!)
28分、茨にパスが出た瞬間つばさは伊織と共に猛プレスをかけた。慌てた茨が名取にパスを出すも待っていたとばかりに千景がカットして素早くマイナスに折り返した。
梨子(よし!これはもう貰った!)
大石(やらせないっ…!)
梨子のダイレクトシュートに大石が足を伸ばして対応するも、若干浮き上がった球は足ではなく大石の腕に当たってその場に落ちた。佐倉中央の選手の殆どがハンドをアピールし、主審がホイッスルを咥えるも、そこにさらに詰めたのは萌。ボールはゴール左隅に吸い込まれた。
主審「佐倉中央、ゴール。」
その瞬間、萌は両手を広げて走り出した。偶発的に腕に当たった直後のシュートであったためにハンドを取らなかったのである。
萌「やった!やった!やったあああ!!!」
高々と声を上げる萌にメンバーが抱きつき、撫でたりする姿を側目に林はDF陣に声を掛けた。
林「茨は交代したほうがいい。残るのもお荷物になりかねない。」
茨「いえ、やれます。」
名取「トップスピードが出せない上に蹴れないとなると穴になるから無理しないほうがいい。関東、全国と出れなくなるぐらいだったらアウトしといたほうがいい。」
茨「…わかったよ。」
林は監督に交代の合図を送ると、監督も頷き茨を交代させた。
前29 佐倉中央1-0日大船橋
火野(前半に追いつければそれでいいけども、後半に一気に流れ作るのも一つだね…。)
総体王者は決して焦らなかった。37分に春日井がサークル付近でボールを受けると寄せてきたつばさを弄ぶかのようなテクニックで躱してグラウンダーの速いパスを前線に送った。
畔上(めっちゃ良いパスキター!グッバイ!)
真希の裏をとって抜け出した畔上は右足ダイレクトで狙い澄ましたシュートを放った。
愛子(やば…!届かない!)
カンッ
ボールはポストを叩いてフィールド内に転がっている。愛子は死に物狂いでボールに飛びついて抱えた。畔上は天を仰いでいる。佐倉中央はひとつ命拾いをした。試合はアディショナルタイムも点は動かずに前半を終えた。
後藤「前回と違うのはこちらが先制していること。ただ、分かっている通り向こうは勢いが凄いから一つ取られれば一気に崩れると言ってもおかしくはない。一層気を引き締めよう。」
真希「ポジションはこのままでいきます?」
後藤「いや、少し変えるつもりだ。まず交代選手は…」
千景
花 梨子 つばさ
萌 仁美
悠香 真希 雛 真帆
愛子
OUT:樹里 伊織
IN:悠香 雛
佐倉中央は前列からでも守備が出来る配置を取った。しかし、日大船橋の攻撃はそれすら上回る程の激しさとなった。FP(フィールドプレーヤー)だけでなく、GKの愛子も体力をどんどん消耗しているため、次第に反応速度やジャンプ力は落ちてきた。
愛子(あと30分…。耐えなきゃ負ける…。)
チャンスと見た日大船橋は一気に攻め立てた。大石が中央付近からロングシュートを放つと愛子が弾いてCKに逃れる。キッカーは酉野。ショートコーナーで畔上にパスすると更に春日井に落とす。春日井はダイレクトで折り返すと畔上はそのままカーブをかけて空中戦に強い名取目掛けてクロスを上げる。佐倉中央は真希と雛が合わせさせないように競り合った。ボールは三人の間で交錯しペナルティエリア内に落ちた。不運な事にボールが落ちた位置に最も近かったのはフリーの火野。愛子は姿勢を低くして両手を広げるも火野はこの時は冷静に左足のインサイドに当ててゴールネットを揺らした。
火野「っしゃああああ!!!」
クロスを上げた畔上に飛びついて火野はガッツポーズを高々と上げた。
雛「すみません。私がマーク付いてたのに慌ててボールに行ってしまいました。」
千景「兎に角、まだ試合は終わった訳じゃないから切り替えて1点取りに行こ。振り出しだよ!気を抜かない!」
後17 佐倉中央1-1日大船橋
佐倉中央はさも失点していないかのような動きを取り戻した。後半も半分を過ぎ、両者交代選手なども投入され総力戦となり始めた。
後24 OUT:仁美 梨子→IN:柚月 瑞希
時間は刻一刻と過ぎる。選手の体力も尽きかけている。これが県大会準決勝の激しさなのか、会場にいる観客は誰しもがそう思っていた。アディショナルタイムが表示されようかという時畔上からバックパスを受けた春日井は一気にドリブルで勝負に出た。マークは嘗て同じポジションを務めていた萌が付いている。ファールにならないよう、それでもガツガツと向かった。
春日井(萌は確かにレベルアップしている。試合に出ていなくとも、優勝メンバーに入れた、二人だけが佐倉中央を選んだその判断は誇っていい。だけどな、君が私を知っているように私だって君の事をよく知っているんだ。勿論ウィークポイントもな!)
春日井は右足でシュートを打つ位置にボールをコントロールすると萌はすぐさまシュートコースに飛び込む。しかし、それは春日井の手の内であり、狙われていたプレーであった。すぐにヒールで逆側に切り返すと左足を振り抜いた。ボールは守備陣の一瞬の間を通ってゴールに向かう。
愛子(決められて…たまるか!)
完璧なコースに放たれたシュートは、はたまた完璧な反応を見せた愛子が左手一本で弾き出した。しかし、佐倉中央のピンチは続く。CKが蹴られる直前にアディショナルタイムが1分と表示された。良くも悪くもこれがラストプレーかと思われる。決めたい日大船橋、抑え切りたい佐倉中央の選手は飛んできたボールに割れ先に反応しようと飛び上がった。最も高い位置まで身体が届く愛子がパンチングでエリア外に弾き出す。落ちてきたボールをワントラップして畔上がミドルレンジからシュートを狙うも、つばさがブロックしてカウンターかと思われた所で長い笛が3回鳴らされた。
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