第105話 決着
PK戦の直前、後藤は輪の中で話した。
後藤「蹴りたくないと思う者も居るだろう。わかっている。だが、いやでも蹴らなくてはならない。勿論失敗すれば責任はあるが、誰もそれについて言及はしない。これは全員での約束。だが、私たちが絶対に勝つぞ。蹴りたい者は手を挙げてくれ。」
すぐに挙げたのは4人。千景、つばさ、真希、そして花。少し遅れてほぼ同時に柚月と悠香が手を挙げた。話し合いの末、柚月が蹴ることになった。
林「勝ちきれなかった。それだけだが、まだ負けた訳じゃない。いいか、この後に待っているのは運なんかではない。実力と度胸の勝負だ。必ず決めるという意思がある者が蹴れ。」
日大船橋は林、畔上、春日井、酉野、名取が立候補した。主審が千景と林を呼び寄せると、コインの色を確認して回転させてコートに落とした。先行は日大船橋となった。
林はボールを抱えてポイントに設置し、後ろに3歩、左に1歩移動して愛子をじっと睨みつけた。愛子はひとつ深呼吸をして両手を広げる。主審が笛を鳴らすと林は右足でゴール右隅を狙った。愛子もこれを読んでいたが、伸ばした手よりもずっと早くゴールネットを揺らした。
ボールを受け取ったのは真希。ポイントにゆっくりセットすると目を瞑って上を向いた。笛が鳴らされると目を開いてゴールの右を狙ってグラウンダーのボールを蹴り込む。林は逆方向に飛んだためボールはゴールネットを揺らした。
日大船橋の二人目のキッカーは畔上。足でポイントにセットすると主審の笛が鳴った瞬間にゴール左目掛けてシュートした。しかしコースが甘かったか、完全に愛子が同じ方向に飛んでシュートをストップした。会場からは響めきが起こった。愛子はガッツポーズをするとボールを千景に託した。
千景はボールをセットするとゴールに背を向けた。そして主審が笛を鳴らすと振り返って小刻みなステップを挟みつつ、狙ったのはど真ん中で弾丸シュート。林は左方向に飛んでおり、シュートはゴールネットに突き刺さった。
一歩劣勢に立たされた日大船橋の3人目は酉野。ボールに額をつけて念を送るとボールをセットして一つ息を吐いた。左足で愛子が飛んだ逆の右方向に蹴り込んで仲間とハイタッチを交わした。
佐倉中央の3人目は花。リラックスした表情でボールをポイントに置くと会場を見回した。主審の笛が鳴ると軽くジャンプしてから一気に走り出し、ゴールの右目掛けて右足を振り抜く。しかし、ボールは無常にも枠外。やってしまった、そのような表情で手で口元を覆って選手の列に戻った。これでPK戦も2-2のイーブンとなった。
日大船橋の4人目は名取。まず最初に見たのは茨の顔、次にゴール。自分の発言でピッチを後にすると決めた茨の為にも必ず決めるという強い意志を込めてボールをセットした。狙った場所はど真ん中のグラウンダー。愛子は左に飛んでいた。ゴールした瞬間に茨を指差してガッツポーズをした。
つばさ(何がなんでも決めなきゃダメ。皆気づいてるけど、ここで負けたら3年生の先輩方は引退。同点にすれば向こうがミスしてくれるかもしれない。絶対に…決める!)
ボールをポイントにそっと置くと、つばさは林を見つめた。林は鋭い目でつばさを睨んだ。
林(さあ来い化け物の妹。お前が失敗する瞬間を皆に見せつけろ。)
主審が笛を鳴らすとつばさは右足を力強く振り抜く。林も足にグッと力を込めて飛ぶ。ピッチが抉れて土が舞うと、つばさの放ったシュートは物凄いスピードでゴールに向かう。林の飛んだ方向は同じ。ボールの行き先を見届けたつばさは…頭を抱えてその場に蹲った。ボールはバーの上を飛んでいった。林は力強くガッツポーズをしている。愛子がつばさの元へ近づいて肩に手を置いて慰めた。つばさを列に戻すと愛子はゴールマウスに立った。
愛子(大丈夫。自分を信じよう。)
両者4本を蹴り終え、日大船橋が3-2とリードしているため、5人目の春日井が決めた瞬間に佐倉中央は敗退が決まる。愛子は列に立っている千景、真希、花、柚月、悠香を見つめた後、ベンチに下がった伊織と樹里を見つめた。皆祈るように愛子を見つめている。春日井は既にボールをセットしており、表情を出さずにただゴールだけを見つめている。
主審がホイッスルを鳴らすと、春日井は長めの助走から一気に走り出した。
愛子(どこに蹴る?右か?左か?中央か?…軸足や身体の向きで判断は…多分無理だから飛ぶしか無い…頼む!こっちに飛んでいてくれ!)
愛子は思い切って右に飛んだ。その瞬間、世界の動きが遅くなったかのような感覚に陥った。
愛子(真ん中…!しかも遅い!くそっ!このタイミングでパネンカ選択するとかどんだけ度胸あるんだよっ…!)
春日井はゴールネットが揺れたのを見るとその場に拳を天に突き上げて倒れ込む愛子を見つめた。笑ってはいない、かといって泣いてもいない。春日井の表情は“無”であった。試合終了の長いホイッスルが鳴ると、喜ぶメンバーをよそに春日井は愛子に近づいた。
春日井「その感情を忘れるな。本気で悔しいと思っている証拠だ。涙なんて出ない、ただ自分を情けなく思っている。君たちの本当のキャプテンはそれよりも更に先の境地に進んでいる。キャプテンが戻ってくるのを待つのではなく自分たちで向かっていけ。また来年会おう。」
愛子(何でつかさの事を知ってるんだ…?)
整列が終わってロッカールームに戻ると、3年生が引退という現実を実感したのか、涙を流す者の姿が増えているのが見られた。後藤はいつもと同じように話し始めた。
後藤「惜しかったな。これで県大会は終わり。前回大敗した相手にここまで縋り付ける皆の底力はやはりすごいと思った。当然、今年の高校女子サッカー“での”優勝は無くなったな。」
後藤はわざと“での”を強調した。何人かはその違和感に気づいていた。
後藤「ただ、ここまで頑張ってきて3年生が7月で引退する、それも前回の全国覇者がそんな事あっていいと思うか?」
メンバーは徐々に後藤を怪訝な顔で見始めた。
後藤「私は良くないと思っている。だからな、私たちは高校女子サッカーよりも更にレベルの高い大会で君たちを試したい。ただ、そこで負ければ本当の本当に3年生は引退だ。」
真希「どういう事ですか…?」
後藤「皇后杯に出場する。」
ロッカールームには驚く声が響いた。
花「皇后杯って、プロや大学生も出場する大会ですよね!?」
柚月「でも、まだ活躍するチャンスはあるってことだから、頑張る他ないですね!」
後藤「そうだ!私たちは千葉県代表の地域枠として関東トーナメントに進む。17チーム中6チームが進出する。まずはそこからだ。相手は勿論強い。だが私たちならやれると信じている。去年もそうだった。できるな!」
「はい!!!!!」
後藤「よし!泣くのはやめろ!3年生でもっと佐倉中央でプレーしたい奴、3年生ともっと一緒にプレイしたい奴は死に物狂いで勝ち取れ!関東大会に向けて先ずは夏合宿からだ!準備は出来てるな!千景!声をかけろ!」
千景「おっしゃあ!皇后杯でも私たちの強さ思い知らせてやろう!レッツゴー!佐倉中央!」
「おーーーーー!!!!!」
日大船橋戦の評価点は以下の通り
愛子:7
真希:8 PK○
樹里:5
真帆:6
萌:7 1G
仁美:6
花:6 PK×
梨子:7
つばさ:5 PK×
伊織:5
千景:7 PK○
雛:6
悠香:6
柚月:5
瑞希:6
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます