第102話 ダメダメキャプテン
後半開始のホイッスルが鳴ると、エンプレスはボールを後ろで回し始めた。
林(くそっ…あの時と立場が丸々逆ってことか…本当に憎らしい…!)
日大船橋はボールを追うが、易々と間を通すパスでエンプレスは圧倒する。
火野(鳥籠よりももっと酷いね…。体力だけが持ってかれてる…。)
まさに上級生が下級生とお遊びしてあげてるような現状である。最前線のつかさは春日井にマークされながらもパスを受けると攻める意思など見せずに直ぐにパスを出す。そして17分、日大船橋がエンプレスの張っている伏線に気づいた頃には時既に遅し。エンプレスは鳥籠をしながら徐々に相手陣内に進行していたのだ。つまり、佐久間を除いた21人がハーフコートの中にいる状況であった。大森から光に横パスが通った時、光は一気に前線に長いパスを出した。
林(ハメられた!?)
ペナルティエリア内にはエンプレスの選手が既に5人入り込んでいた。対する日大船橋の選手は3人。ボールの向かう先でシュートモーションに入っていたのはつかさ。春日井もいつの間にかマークを外されていた。
つかさ(あなた達は深追いしすぎた。勝利に拘ろうとする姿、必死に得点を奪いにくる姿、ボールを必死に追いかける姿…。でも、それが首を絞める要因になっている事に気付けていない。少し前の私みたいにね。さあ気づいて。そしてまた来年、林さんを除いたメンバーでかかってきて。)
林は覚悟を決めて飛び出し、シュートコースを狭めたが、つかさの右足から放たれたシュートは林の横を抜けてゴールネットを揺らした。つかさは拳を高く上げると近づいてきた桃子やマヤなどと喜びを分かち合った。
つかさ(久しぶりのゴール!すっごく気持ちがいい!)
春日井「すみません。私もボールを追いかけてしまいました。」
林「…そう。切り替えて。」
ゴールネットからボールを取り出し、軽く前に蹴って林はオレンジ色のキャプテンマークを外して春日井の腕にに巻きつけた。
林「私はアウトするから。後はお願いね。」
キーパーグローブを外して相澤とチェンジした林は急ぐわけでもなくベンチに腰掛けた。監督から何か告げられていたが、林は頷くだけであった。
エンプレスは手を抜かなかった。後半ラストプレーのコーナーキックでつかさのクロスをニアサイドの浅村が頭で合わせて難しいコースながらもゴールネットを揺らした。その直後に後半終了のホイッスルが鳴らされた。千葉県総体覇者を5-0で下したエンプレスはチーム全体でハイタッチを交わした。それとは全く対照的に日大船橋はどん底のような雰囲気でミーティングを行った。
林「私たちが佐倉中央に勝った時の流れで行けると思ってた人は正直に手を挙げて。」
ベンチ入りメンバーを含めて数人がおずおずと手を挙げた。林は苛立ちを隠せずに続けた。
林「こんなので次も勝てると思ったら大違いだから。相手のメンバーには確かにプロの選手も居た。でも、この点差は「残念、悔しい」だけじゃ済まされないと思わない?」
大石「…あのっ!」
普段は物を言う方ではない大石が震える声で林の話を遮った。
大石「勿論っ…私たちの守備が悪かった場面もありました…。…で、でも!キャップのミスもありましたよねっ…。」
林「そうだね。あったね?だから?それを含めて話を進めてるんだよ。さも私が悪いかのように紅は話してるけども、それは私を蔑みたいということなのかな?」
春日井「…キャップ、お言葉ですが…。」
震える大石を宥めながら林の前に立った。
春日井「あなたの今の考えは、転入してきた私たちだけでなく、元々居たメンバーとも大きく乖離している。確かに私たちは今日惨敗した。でも、それを受けて戦略を建て直していくのが必須なのではないのでしょうか?」
林「私はそれをしようとしていないと?」
春日井「少なくとも私はそう受け取りました」
林「聞きな、春日井。私は向こうのチームに居た大森さんの意思を継いで、取れなかったものを取りにいくためにやってる。勝ちに拘らなくちゃいけない。その為には…私がチームを引っ張って行かなければ…」
大森「違〜う!」
日大船橋のメンバーが全員振り返ると、エンプレスが着替えを済ませて立っていた。
大森「挨拶しに来たらまだ話してるんだ。少し聞いてたら林、お前全く履き違えてるよ。」
林「…どういうことですか。」
大森「今のお前、少し前のこいつみたい。目先の勝利に拘ってキャプテンして、チームボロボロにさせようとしてる。ダメダメキャプテンの最たる例だ。」
林「じゃあ大森さんは勝ちに拘っていなかったと?だから負けたということですね。」
大森「なんとでも言え。お前みたいなのがいるチームは良くて関東止まりだ。」
林「全国優勝して、絶対にあなたに頭を下げさせて見せますよ。」
大森「おー、何度でも下げてやる。楽しみだな。逆に全国制覇出来なかったら…」
林「ちょっ!?」
突然大森は自らの唇を林の唇と合わせたのだ。林は大森を押し除けて唇をユニフォームで拭いた。大森はケラケラと笑っている。
大森「これよりももっと良いことしような。」
林は顔を赤くしながら物凄い形相で去っていくエンプレスを睨みつけた。
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