第98話 ひとりじゃない

少しして普通の学校生活は戻ってきた。しかし、同じクラスであるはずの愛子とつかさは一言も交わすことなく日々を送っていた。他のメンバーもつかさに対してどこか余所余所しい。そんなある日、体育の授業でつかさとペアになった梨子は久しぶりに会話を交わした。

梨子「久しぶり。元気にしてた?」

つかさ「うん、そっちは最近どう?」

梨子「元気だよ。姉さんも昨日電話くれて、最終節でベンチ入りしたんだって。試合は出られなかったらしいけどね。」

つかさ「それはすごいね。」

梨子「つかさはさ…」

つかさ「うん?」

梨子「今は放課後とか何してるの?」

つかさ「うーん、勉強が多いかな。あとは軽いランニングとか筋トレかな。」

梨子「そっか。今日の放課後、一緒に帰らない?久しぶりにもう少し話したいし。」

つかさ「いいけど、練習はいいの?」

梨子「うん、大丈夫。」

つかさ「分かった。放課後連絡するね。」

放課後になると、つかさはいつも帰る時に使う正門ではなく、梨子がいつも使う西門に向かった。少しすると梨子は自転車を押して現れた。

梨子「お待たせ〜。行こっか。少しお腹空いたから何か食べない?」

つかさ「いいよ。甘いもの食べたいかも!」

梨子「じゃあ、最近気になってるカフェにでもいかない?」

つかさ「いいね!」

二人はこぢんまりとしたカフェに入った。梨子はロイヤルミルクティーとチーズケーキ、つかさはクリームソーダと苺のタルトを口にしながら会話をした。しかし、依然として二人はサッカーの話題を口にできなかった。相手がなんとなくそう思っているのもお互い気づいている。

クリームソーダのバニラアイスを一口食べたつかさは漸く口火を切った。

つかさ「決勝、残念だったね。」

梨子「本当だよ。めちゃくちゃ強かったし、つかさがいて欲しいと凄く思った。」

つかさ「…実は、私あの試合を会場で見てた」

梨子「うん。何となくだけど気づいてたよ。選手控室らへんで見てたのつかさだよね。」

つかさ「やっぱり気づいてたんだ。」

梨子「美春も気づいてたかな。ただ、はっきりつかさだって分かったのは多分私だけ。…つかさ、本当は準々決勝の終わった後、近くにいてあげたかったけど味方に着けなくてごめん。つかさの気持ちも私は分かるよ。」

つかさ「ありがとう梨子。ただ、私は県大会も出ないつもりだし、戻れないと思う。でもね、ここだけの話、夏合宿に…」

梨子「試合するんだよね。私たちと。」

つかさ「え…!?知ってるの?」

梨子「多分、チームで知ってるのは私だけ。つかさのチームのメンバーも知ってる。」

つかさ「誰から聞いたの?」

円いテーブルから身を乗り出すようにつかさは尋ねた。

梨子「つかさはその様子だとメンバーも聞いてなさそうだね。あえて言わないでおくよ。チームにも言わないつもりだし。」

少しがっかりしたかのように肩をすくめた。

梨子はその後も現状のチーム内のことについて話し始めた。なかなか纏まりがないこと、一部の怒っている人を除いてはつかさを必要としていること、つばさが練習に来れていないこと…

つかさ「ごめん…全部私が蒔いた種だから責任は全部持つつもりだよ。ただ、どうしたら良いかわからなくて…。」

つかさは今にも泣き出しそうな顔をしている。チームを去る前のあの気迫がまるで嘘かのように思えた。

梨子「勿論、簡単には戻れないとは思う。ただ、ある意味でその試合は査定試合だと思うから頑張って。私は手を抜かないけど応援してるからさ!」

頬に涙を一筋伝わらせたつかさを梨子は優しく抱きしめて頭を撫でた。つかさもそれに応じて梨子を抱きしめた。つかさは今まで我慢していた涙を梨子の胸に流した。

店を出ると日は少し傾き始めていた。

つかさ「今日はありがとう。私、もう一回頑張るよ。」

梨子「うん!待ってる。今日のことはみんなには内緒だよ!」

つかさ「うん!」

二人はグータッチをしてそれぞれの帰路に着いた。つかさは自分の部屋に入ると見慣れない箱が置いてあることに気がついた。蓋を開けてみると、そこには捨てたはずのサッカー用具が全て入っていた。

つばさ「それを開けたってことは、またサッカーがしたくなったって事だよね?」

驚いて振り返るとつばさは笑顔で立っていた。身なりはサッカーをやる気満々の服装だった。つばさ「さ!早く着替えてそこの公園で久しぶりにサッカーしよ!」

つかさは少し困ったように笑うとシャツに袖を通してシューズを履いて公園に向かった。パスをしていると、つかさは段々と初めて練習に参加する前のことを思い出し始めた。

つかさ(毎日、つばさとこんな感じで暗くなるまでサッカーしてたなぁ。)

つばさ「お姉ちゃん!サッカー楽しい?」

つかさ「楽しいよ!」

つばさ「それって、1人でリフティングとかシュート練習よりも、誰かと一緒にやる方が楽しいと思わない?」

つかさ「そうだね」

つばさ「それこそ、先生とか愛子さんが求めてたものなんだと思うよ!お姉ちゃんは1人じゃないから!」

つかさ「ありがとう!」

つかさは低弾道で思い切りボールを蹴り、つばさはそれを完璧にトラップして見せた。初夏の夕方の心地よい風が吹き抜けた。

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