第96話 敗北の味
真希「とにかく慌てないで!ボールを相手に渡しちゃダメ!」
会場の外では二人だけの間に張り詰めた空気が流れていた。
大森「何が目的だ。赤井つかさ。」
つかさ「私がいなければ佐倉中央は絶対に日大船橋に勝つことはできないですからね。」
大森「お前が居ても勝てないよ。寧ろ…」
言葉を切ると大森はつかさに詰め寄り、額を合わせた。
大森「今のそんな考えのお前が居るともっと大差で負けるぜ?」
つかさは一瞬眉を顰めた。
大森「だが、このチームと戦うことはできない。お前は少なくとも今シーズン中はチームで試合をすることはできない。そして守護神の林は今シーズンで高校サッカーは終わりだからな。」
つかさは悔しそうに歯を食いしばった。
大森「まあ、そういうことだ。安心しな。関係者以外立ち入り禁止の場所に入ってたことは内緒にしといてやる。」
つかさ「…待ってください」
立ち去ろうとした大森の腕を掴んだ。しかし、大森はその手をぐいと引っ張って自分の乗ってきた車の前に立った。
大森「乗れ。」
つかさは黙ってその車の助手席に乗り込んだ。
後藤「守備をもっと増やす。樹里、悠香、沙江は出る準備をしてくれ。」
ピッチには日大船橋の怒涛のゴールラッシュを機に雨粒が多くなり始めた。濡れた人工芝のコートの上ではボールは予想以上に走り、守備陣は不規則なバウンドなどに苦しめられる。佐倉中央はそれも重なり、チーム全体で焦りが続いている。漸くボールがタッチラインを割った時に3人はピッチに入って行った。
後18
OUT:7 花 13 凛 14 雅
IN:24 樹里 15 悠香 17 沙江
佐倉中央はポジションを5-4-1に変更し、深く守って梨子を中心としたカウンターで1点を返そうと考えたが、守備の枚数を増やしたところで劣勢なのは変わりがない。
火野(真帆、萌…。君たちがてっぺんの景色を見てる中で私たちは泥水を啜る気持ちで練習していた。悪いけど、あの頃の私たちはいない)
萌を背にしてボールを受けると、タイミングを完全にずらして振り向き、左脚を豪快に振り抜いた。低弾道で放たれたボールは芝の上を滑るように転がり、美羽の反応を待たずしてゴールネットを揺らした。後半27分、火野はこの日8得点目。チームとして14点目を記録した。
美羽(後半に入って毎分のようにゴールを奪われてる…。止められない…。)
マネージャーの二人も頭を抱えている。後藤は眉を顰めて近くにいた梨子にとある指示を出した。試合が再開すると、佐倉中央はボールを後ろで回し始めた。
林(これ以上の失点を無くすために試合を放棄したか。まあ、現状の最善策って感じかな。)
同じく林も仲間伝いに自分の意見を伝えた。それが実行されると、雨も相まって観客は席を立ち始めた。日大船橋はボールを追わなかったのだ。その後の10分間は膠着状態が続き、主審も両チームの意向を汲んだかのようにアディショナルタイムを無しとして長い笛を3回鳴らした。後藤は悔しさと屈辱で唇を震わせていた。
評価点は以下の通り
なし。
大森「終わってみれば0-14の惨敗。お前はここから何を思う?」
二人は大森の実家が経営するカフェを貸し切って向かい合った。二人の前のカップからは湯気が出ている。
つかさ「…」
大森「質問を変える。お前はプロになりたいのか?」
つかさ「ええ、勿論です。小さい頃からの夢ですから。」
大森「ならばこの状況は危惧すべき状況じゃないのか?プロになったとして、チームがこんなにボコボコにされてたら悔しいと思うだろう?或いは呆れて何も言えなくなるか、だ。」
つかさ「…」
大森「言わせてもらうが、私は勝ちになんて拘ったことなんて一度もない。」
つかさ「…はっ?」
大森「チームの最善を気にして動いている。お前からすれば勝利が最善かもしれないがな。」
つかさ「何が違うんですか?」
大森「それが分からない内はキャプテンは愚かチームにすら戻れないだろうな。まあ、ある人呼んでおいたからその人と話しな。紅茶でも飲みながらさ。」
大森はカップの紅茶を一気に飲み干すと、少しの渋さに顔を顰めてまた紅茶を入れて店の奥へと消えていった。
つかさ「ちょっと…。」
静まり返った店内に取り残されたつかさは仕方なく紅茶を啜って眉を下げた。
つかさ(うわ、結構クセがある…。)
その時、店のドアが開いて明るいベルが鳴った
つかさ「えっ…なんでここに…。」
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