第93話 主将、副主将不在の準決勝
翌々日の県総体準決勝。佐倉中央の対戦相手は幕張南高校。昨年はベスト8で対戦し、佐倉中央が大金星を飾っている。しかし、暁月が今年の大会に不参加であったため、またしてもベスト4に名を連ねてきたのだ。
佐倉中央のメンバーは以下の通り。
GK:1 愛子
CB:4 雛
CB:5 真希 C
LSB:25 美春
RSB:15 悠香
DMF:2 つばさ
DMF:6 萌
LMF:14 雅
RMF:13 凛
OMF:9 梨子
CF:16 瑞希
控えメンバー
3 真帆 7 花 8 仁美 12 美羽 17 沙江
18 伊織 27 珠紀
後藤「今日は佳代が体調不良らしく、控えのオフェンス陣も不足しているから、リザーブに1年の阿部珠紀(あべたまき)が加わる。公式戦の空気に慣れないかもしれないが、交代出場の可能性もある。」
珠紀「宜しくお願いしますっ!」
コートの中で組まれた円陣の中で
真希「5番の伊東はとにかく足が速いし、10番のキャプテンの湯本は競り合いにも強い。一人一人気を抜かず、仲間を信じて!勝とう!」
「おーーーー!!!!!」
逆の陣内では
湯本「伊東はとにかく裏抜けを、積極的に前にボールを集めてほしい。リベンジしよう!」
各選手がポジションにつくと、主審はホイッスルを高く鳴らした。幕張南は素早いパス回しで陣内を通していく。
伊東「カモン!」
それを聞いてバックパスを受けたGKが大きく前に展開した。伊東は最後列の真希を出し抜いたが、雛がボールに触った瞬間に身体をぶつけて伊東からボールを奪取し、バックパスを出すと今度は逆に愛子が大きく展開した。凛がボールをバウンド際でコントロールしてDFを一人躱すと、CBが寄せてきたのを見てインサイドでボールを前に蹴った。完全に抜け出した萌はどんどんと中央にドリブルしていく。
萌(選択肢はファーサイドの雅、ニアサイドの瑞希、そして自分で…。でも、もう一人飛び込んでくる選手に気づいてないはずっ!)
萌はチップキックで瑞希と雅の中間にボールを出した。フリーのまま飛び込んできたのはつばさ。GKも思わぬところからの攻撃に不意を突かれ、ボールへの反応が遅れた。しかし、ボールはクロスバーを叩いてラインを割った。つばさは頭を抱えて悔しがった。
湯本(危なかった…。これは大きな流れが来るかもしれないね…。)
その予想通り、24分、湯本にパスが回ると、ハーフウェイラインを超えたあたりで突然ロングシュートを放ったのだ。愛子は身体を伸ばしてキャッチするが、ボールをその場にこぼしてしまった。そこに詰めていた伊東がボールを奪いシュートを放ち、ゴールネットを揺らした。伊東はその勢いで走り出し、飛び上がって観客席にアピールした。まさかの昨年の全国覇者が単純なミスから先制点を奪われるという番狂わせに会場は大きく沸いた。
真希「切り替え!まだ前半だよ!」
手を叩いてチームを鼓舞する真希の声にチームも応じた。ただ、流れはそう簡単には変わらなかった。前半アディショナルタイムに幕張南のロングパスを雛がバックパスで処理しようとヘディングで愛子に返したが、愛子はそのままキャッチしようと前に出ていたため、ボールは愛子の上を通り過ぎてしまい、ゴールに向かう。幕張南は思わぬ形の追加点を確信して喜んでいたが、真希がゴールラインにかかったところで大きくクリアした。副審はノーゴールのアピールをすると主審がホイッスルを鳴らして前半終了を告げた。
雛「ごめん!確認できてなかった!」
愛子「こっちも伝えられてなかった。気をつけよう。真希さん、助かりました。」
真希「危なかったね。後半はもっと集中していこう!」
後藤「だいぶ流れが掴めていないようだな。シュートも見ている限りでは枠内が0、本数も4本とかなりイマイチ。後半開始時は特に変更はしない。以上だ。」
梨子「二人はクロスに拘らないでシュートでもいいかも。瑞希はどうする?スルーパスもっと多めにしたほうがいいかな?」
瑞希「いや、多分スピードで抜け出すの厳しいと思うんだよね。私的にはクロスのほうがいいかも。」
主審が両チームを集めて後半開始を促した。
後半が始まり、瑞希が梨子にボールを下げると伊東が一気に佐倉中央陣内深くに、湯本がバックパスカットを狙っていたが、梨子はターンしてドリブルで幕張南陣内に侵入した。
湯本(やばっ、それは無いと思ってた…!)
梨子(前には瑞希、サイドには雅と凛。まずは堅実に1点を取る!)
梨子はCBとSBの間に絶妙なスルーパスを送った。会場の歓声は大きくなる。雅がダイレクトでクロスを入れると、ファーサイドの凛が更にダイレクトのボレーシュートを放った。GKは素早い反応でボールに触れるが、その手はいとも簡単に弾かれてボールは勢いそのままゴールに吸い込まれた。後半開始1分で佐倉中央は同点に追いついてみせた。凛が雅とタッチを交わすと、会場から一段と大きな拍手が生まれた。
伊東「してやられちゃったねぇ。早いとこまた点を入れないとどんどん不利になるかもね。」
湯本「そうね。アレしても良いんじゃない?」
伊東「あ〜アレね。」
9分、湯本が伊東からパスを受けると、何故かゴールを背にした。
雛(やらせない!)
すぐにチェックに入るが、湯本は身体の使い方が上手く、ボールが中々奪えない。そのままペナルティエリアに侵入した。
愛子(飛び出しようがないし、あそこで倒せばPKも取られる…。…あっ!)
その瞬間、後ろに湯本が倒れた。恐らくシミュレーションであろうが、主審はホイッスルを咥えている。佐倉中央はノーファールをアピールして守備全員の動きが止まった。しかし、湯本はボールを前に送った。そこにはフリーのまま飛び込んできた俊足の伊東…。
愛子(これ以上失点してたまるか…!)
伊東のシュートコースを極限まで狭めた愛子は強烈なシュートを胸で受け止めてがっちりとホールディングした。主審はアドバンテージを取ったため、PKも取られなかった。会場は重低音が響いた。しかし、愛子は倒れたまま動けそうにない。
愛子(古傷がこんな時に限って…!くそっ!)
主審はプレーを止めて担架を要請した。昨年の関東大会で入舟高校と対戦した際に負傷していた箇所にゼロ距離のシュートを受けて痛みが再発したのだ。急いで後藤が美羽をピッチに送り出した。そのついでに伊織と1年生FWの珠紀を梨子と瑞希に変えて投入した。
後10
OUT:1 愛子 9 梨子 16 瑞希
IN:12 美羽 18 伊織 27 珠紀
アクシデントの直後ではあるものの、後藤はこの交代が勝ちを大いに引き寄せるものだと確信した。その要因は珠紀であった。珠紀はポストプレーやワンタッチではたくプレーが上手く、尚且つフェイントを絡めた多様なドリブルも出来るため、サイドの雅と凛と共にシュートチャンスを演出しまくった。
17分、DMFから伊織がボールを奪うと、ひとり躱して凛にスルーパスを送った。1点目と逆のパターンと警戒して幕張南はエリア内の守りを固めた。凛はそれを見ると、思い切って逆サイドに展開した。雅の更に後ろで悠香がトラップすると、マイナスにグラウンダーのボールを出した。歩幅を合わせて走り込んできたのはつばさ。インサイドで狙いすましたシュートを放つと、ゴールライン上に立っていたDFが身体に当てて防いだ。
珠紀(誰もいない!チャンス!)
そのボールに反応して思い切り左足を振り抜き、破れんばかりに激しくゴールネットを揺らした。珠紀はコーナーフラッグ目掛けて走り出して膝で滑り込み、そこに雅、伊織と続いた。場内からはゴールネットと同じく破れんばかりの歓声がこだまする。
「また1年生か!?佐倉中央は本当に新人に恵まれるなぁ!」
「赤井つかさの後継者がいっぱい居るから、今年も優勝間違い無いわね!」
それを耳にしたつばさは、喜びの輪に入らず、その場に立ち止まってしまった。
つばさ(耳鳴りがする…。目眩も…。お姉ちゃんの…お姉ちゃんの…。)
意識が遠ざかっていくような感覚にいち早く気がつき、つばさの元に寄って行ったのは美春であった。
美春「つばさ?今かなり無理してたでしょ。取り敢えず交代をお願いしよう?」
つばさ「でも…まだ試合が…。」
美春「大丈夫。私たちが絶対に守り抜くから」
後藤「仁美、つばさと代わるぞ。残りのおよそ20分はとにかく守りに入る事を伝えてくれ」
仁美「はい!」
後19
OUT:2 つばさ→IN:8 仁美
ピッチに一礼をしてベンチに戻ったつばさは後藤と握手した。
後藤「よくやった。恐らくだが、観客から聞きたくないこと、見たくないことが届いてしまったようだな。メンタルのケアもしなければならないから、クールダウンのストレッチをして今はロッカールームで待機していよう。」
つばさ「はい…ありがとうございます。」
ロッカールームに戻ったつばさは、ベンチではなく、床に寝転んだ。ひんやりとした床はつばさの試合での熱を少しずつ奪っていき、心地が良い。
つばさ「お姉ちゃんだって、苦労してるんだ…なのに、後任だとか新人がどうこうとか分かった口を叩かないでよ…。」
口惜しさから伝う涙は何度拭っても次々と溢れ出していた。
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