第92話 失格
ホイッスルが鋭く鳴らされ、主審はペナルティスポットを指差している。転倒した際についた芝と土を手で払いながら、紫色のユニフォームに10と書かれた選手は足を伸ばした張本人に詰め寄った。鬼を更に恐ろしくしたかのようなとんでもない気迫に転ばした選手はたじろいでしまった。
総体準々決勝、市橋高校を相手に佐倉中央は前半を5-0で折り返し、後半開始早々にもつかさがゴールネットを揺らした。これでダブルハットトリックを達成していた。ただ、後藤は腕を組み眉を顰めていた。
後藤(あいつ、本当に何を考えているんだ?)
大会開始前につかさは後藤から注意を受けていた。最近のつかさは仲間を使わず、自らの力を誇示するかの如きプレーを続けていた。
試合は9-0で終わり、準決勝に駒を進めたが、試合後のロッカールームは決して良い雰囲気とは言えなかった。普段温厚な後藤が珍しく声を荒らげ、青色のバインダーを床に叩きつけた。
後藤「何度言ったらわかるんだ!なぜ孤立する!なぜ仲間を信じない!」
つかさは言っていることが分からなかった。
つかさ(勝ったんだよ…?どんな形でも最後に勝った方は笑うべきでしょ?先生だけじゃなくて、何でみんなそんな顔してるの…?)
後藤「…すまない、取り乱してしまった。今日はお疲れ様。みんなはそれぞれで帰ってくれ。ただしつかさ、お前は残れ。あと千景と愛子も申し訳ないが残ってくれ。以上。」
メンバーが荷物を持って続々とロッカールームを後にした。ただ一人、イロモノ扱いされているつかさを白い眼で見つめてながら…。
後藤「つかさ、何がいけなかった自分の口で言ってみろ。無いなら無いと言え。」
つかさは黙り込んでいる。我慢の限界か、愛子が口を開いた。
愛子「いつまでそんなのでいるつもり?」
つかさ「そんなのって…」
後藤「愛子、落ち着け。つかさ、私は大会前に言ったはずだ。大会の結果、内容次第では君をキャプテンから外すと。私は今それでは飽き足らない気持ちだ。君を選抜メンバーから外してもよいと考えている。それはピッチ内だけでなく、外での行動もそうだ。君には色々な人から苦情が来ている。」
反論しようと立ちあがろうとしたつかさを千景が抑え、黙って聞けと言うような目をした。
後藤「先日、愛子から聞いたが雅になかなか厳しいことを言ったそうじゃないか。お前からすれば教えているつもりだったのかもしれんが、人によっては受け取り方も違う。それから、授業中に何を考えてるか知らんが板書とは関係のないことをノートに書いていたそうじゃないか。複数の先生が目撃している。」
愛子「つかさ、今のあんたは人として最低だよ。光さんからキャプテンマークを継いで、あんたは悪い方に変わった。それならばあんたはキャプテンマークを外して一からやり直した方が私は良いと思う。」
つかさ「…愛子に…何が分かるんだよ!」
勢いよく立ち上がり、拳を握ったつかさであったが、その怒りは一瞬にして真っ白になった。愛子も後藤も、そしてつかさも狐につままれたような顔をした。つかさは頬を抑えている。
千景「返せ。お前は私たちの仲間じゃない。」
なんと、千景はつかさを殴り、倒れたところでキャプテンマークを奪ったのだ。
つかさ「待って…!」
縋り付くつかさの手を千景は振り払った。
千景「触るな!」
つかさは逃げる様にバッグを抱えてロッカールームを後にした。突然出てきたつかさに、外で待っていたつばさは驚いたが、すぐにその後を追いかけた。
千景「はあ…。これでよかったんですよね?」
黄色のキャプテンマークを後藤に預けた千景もまた自分の荷物を持ってロッカールームを出ようとした。去り際、振り返って一言告げた。
千景「それと、元とはいえチームメイトを殴った私は試合に出場する資格はないです。この大会の準決勝、決勝は別のメンバーを出してあげてください。」
静かに閉まったドアの音の反響が無くなると、後藤は溜息をひとつ吐いて愛子に話しかけた。
後藤「残りの試合のキャプテンは真希に頼む。副キャプテンは愛子がやってくれるか。」
愛子「はい、分かりました。」
総体準々決勝、市橋戦の評価点は以下の通り
愛子:8
雛:8
真希:8
美春:7
真帆:8
萌:8
佳代:7
仁美:7
瑞希:7
花:8
つかさ:0 9G(無期限出場停止)
翌日の練習でのミーティングでこの議題が上がり、メンバーはつかさならまだしも、千景まで居なくなったことに戸惑いを隠せなかった。
真希「とにかく、やるしかないよ。サブから伊織と凛が加わったから、二人はここでチャンスを掴むつもりで頑張って!」
伊織「うん、絶対に勝とうね!」
凛「はいっ!」
後藤はつばさを呼び寄せた。
後藤「いいか、つばさ。分かってると思うが、私は今回ばかりは許さない。今後も試合には出さないつもりだ。ただ、この事と練習したこと、大会の結果などは絶対につかさがいる前では話すな。」
つばさ「…はい。」
後藤「もし何か変化があったら教えてくれ。」
つばさ「えっと…、昨日のあの後なんですが、お姉ちゃん、自分の持ってるサッカー用具を全部捨ててしまったんです。スパイクもソックスも…。それと、私がこっそり拾ってきたんですが、これをお返しします。」
綺麗に畳まれた紫色の10番の数字が書かれたユニフォームだった。後藤は口を紡いで少し考えた後に受け取った。
後藤「ああ、ありがとう。すまないな、つばさまで巻き込んでしまって。君には期待をしている。次の試合も頑張ってくれ。」
つばさ「ありがとうございます。」
一礼すると、つばさは学校を後にした。その後ロッカールームで後藤は一人で頭を抱えた。
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