第79話 FINAL①

ボールが令和学園陣内で回され始めるとつかさを始めとした前線のプレーヤーがスピーディーに選手間を詰めていった。

渋井(こいつら…関東からの短い期間で格段にレベルを上げてきやがったな…)

関東大会での大敗を彼女らは忘れることはなかった。自分達の失敗点を洗い出し、昨日は令和学園戦に向けて徹底的に対策を積んで練習をしていたのだ。ポジションを大きく変えたのもそのためであった。

つかさ(間違いなく焦ってる!攻め入るなら早い時間帯で!)

パスミスを伊織がカットすると、相手を引き寄せてから亜紀にバックパスをして、亜紀は柚月に浮き球でのスルーパスを送った。柚月はボールが落下すると同時にアウトサイドでコントロールしてSBを抜き去ってそのまま左サイドを駆け上がった。CBが1人寄せるが、柚月はタイミングをズラすとクロスを上げた。しかし、これは高すぎてファーサイドにいた桃子も合わせることができずにタッチラインを割ってしまった。ただ、最初に攻撃の起点を作れたことは佐倉中央にとって勢いをつけるものであり、令和学園にとって焦りを加速させるものとなった。

福澤(雷がいない今、得点源は私なんだ…私が頑張らないでどうするんだ…!)

落合からボールを受けた福澤は亜紀を背負いながらボールをキープし、何とか突破するとゴールまで距離があるのにシュートを放った。当然シュートはゴールに入る訳もなく、夏海が易々と拾ってしまった。

落合「福澤、まだ焦らなくてもいいよ。」

福澤「ああ、そうかもな。」

令和学園はやはり雷が大黒柱であり、チームを動かしているため、雷がいない試合というものは彼女らにとってなかなか考えにくいものであった。

渋井「簡単についていくな!ゾーンを張れ!身体ももっと張れ!」

光(雷が鍵だが、彼女が出ないうちに決めてもらいたいな。)

ただ、やはり日本屈指のプレーを誇る令和学園は守備も伊達ではなく、つかさのシュートを皮切りに鉄壁のような守備に成り代わった。

桃子(焦ったいぜ…!)

ハーフウェイライン付近でボールを奪おうと桃子は足を伸ばしたが、それは軽率なプレーであった。落合は容易く桃子を躱し、そのまま縦突破の勢いに乗った。落合のドリブルは雷と同じぐらい群を抜いており、1人抜き去るとどんどん前へ前へと進んでくる。続く亜紀やかれんも翻弄されて遂にペナルティエリア内に侵入して来てしまった。

飛鳥(抜かれるぐらいなら無理矢理にでも!)

前から走ってくる落合を飛鳥はかなり激しいタックルで食い止めた。落合はペナルティエリア前で倒れて主審はホイッスルを鳴らした。飛鳥は落合に手を貸して立たせるが、主審は飛鳥にイエローカードを提示した。

夏海「あのまま行かれてた可能性があったから助かったわ。」

桃子「多分、勢いに乗らせちゃまずいな。」

飛鳥「私の残機、無駄にしないでね?もう跡がないんだから。」

光「ああ、分かったよ。」

前半10分で既にイエローカードを貰ってしまった飛鳥はもうカードは貰えないため、慎重なプレーが要求される。

ゴールから23mの位置にセットされたボールの近くに立っているのは落合と渋井。直接でも合わせでも狙える距離である。対する佐倉中央の壁は4枚。

主審がホイッスルを鳴らすと走り出したのは渋井でそのまま左足でボールを擦り上げた。ボールは壁の外側を通ってゴールに向かった。夏海は精一杯手を伸ばすが、ボールには到底及ばない距離であった。ただ、ボールはポストの外側を叩いてラインを割った。渋井が頭を抱えるのと同時に会場からも重低音が響いた。

美春「危なかった…!」

悠香「一つ救われたね。」

しかしその直後のプレー、夏海がボールを桃子に送り、桃子が前を向いて更にロングパスを送った。たった2回のパスで最前線のつかさにボールが渡り、つかさはそのまま縦に進んだ。

渋井(こいつに持たせるとやばい…!)

慌てた渋井はボールに足を伸ばしたが、その足はつかさの足にぶつかった。その瞬間、つかさは右足を押さえて倒れ込んだ。その場所は令和学園陣地の四角いエリアの中。主審が鋭くホイッスルを鳴らすと、エリア内にあるポイントを指差した。その瞬間、佐倉中央の応援から大歓声が沸き起こった。令和学園の選手たちは一斉に抗議しだすが主審は首を横に振って抗議を受け付けなかった。

柚月「つかさ、大丈夫?」

つかさ「ええ、少しぶつかっただけです。」

桃子「どうする?蹴るか?」

つかさ「はい、やらせて下さい。」

主審はGKとキッカー以外はエリアの外に出るよう指示した。つかさはボールに頭をつけて念を送っている。会場は一転して静まり返っている。つかさはボールをセットすると5歩後ろに下がった。

梅宮(いつでも来い!)

主審がホイッスルを吹くと、短く息を吐いた。ステップを踏んで狙った場所はゴール左下。梅宮は逆方向に動いてしまい、止めることは出来なかった。つかさはゴールに入ったのを見ると両手を広げて走り出した。そしてコーナーエリアを過ぎると飛び上がってガッツポーズをしてそこに他のメンバーも走って来た。

かれん「よく決めたね!」

伊織「ほら!あそこにつばさ達がいるよ!」

振り返るとつばさを始めとした応援団が総じて手を振っている。理事長に至ってはハチマキを巻いて旗を振っていた。つかさがハートマークを作ると、他のメンバーも同じようにハートマークを作った。

渋井「ごめん、この失点は必ず取り返す。」

梅宮「DFはとにかく10番に気をつけよう。その他に点を取られるのも避けたいが、10番に取られるのが一番メンタル的にも差が出る。」

試合が再開すると目が覚めたかのように令和学園の速さ、テクニック、フィジカルが増した。特に渋井は一人で自陣のボールを追って行く先々で佐倉中央の攻撃の芽を摘んでいた。

亜紀(まずいスイッチを入れてしまったか)

佐倉中央は全く攻撃に転じることができず、寧ろつかさまで自陣に戻って守備を強いられた。

雛(11人で守備をしてるのに人数が足りてる気がしない!)

ダイレクトパスは勿論のこと、スルーや強引なドリブル突破と緩急をつけた戦術で徐々に佐倉中央の守備を崩壊させていった。

夏海(守ることで精一杯ね…)

シュートが外れた後、ゴールキックで夏海は光にパスをしたが…

夏海「光ちゃん!来てる!」

光「!?」

慌てて光はバックパスをしたが、対応が若干遅れて弱いパスが中途半端な位置に転がった。夏海は果敢に飛び出した。

福澤(貰えるもんは貰っとくさ!)

夏海(冷静に対処しなきゃ!)

先にボールを触った夏海は右足を軸にして福澤をくるりとルーレットで躱すと、その次に寄せてきた落合すら抜き去った。

落合(GKなのに…!?)

福澤(なんで足元のテクあるんだよ…!?)

2人を抜き去り、フィールドに夏海が加わっていることにより佐倉中央は3人フリーの選手が出来ている。夏海は仁美にパスを通すと急いでGKのポジションに戻った。仁美はフリーのまま駆け上がり、相手が寄せてきた時にかれんにパスを通し、かれんは足裏で転がしながら前へと進む。そして隙を見て股を通して一気にスピードを上げてそのままクロスを上げた。マイナス気味に上がってしまったため、桃子が合わせることができなかったが、伊織がドンピシャにボレーシュートを放った。しかし、ボールはバーに当たって真下に落ち、ペナルティエリア内にバウンドして梅宮がキャッチした。

つかさ「カウンターに気をつけて下さい!」

梅宮は大きく前線にパントキックを送った。ボールはぐんぐん伸び、最前線にいたフリーのままの福澤が走りながらダイレクトでシュートを放った。ボールはゴールから少し出ていた夏海の上を越えてゴールネットを揺らした。福澤は走り出すが、副審のフラッグが上がってるのを見て悔しそうな表情をした。

吉良「今度はオフサイドか。救われるねぇ。」

勝負の運は佐倉中央に傾いていると思われる。

22分、仁美がかれんにパスをしたところ、狙っていた渋井がカットしてショートカウンターに入った。佐倉中央の守備は夏海を合わせて4人に対し令和学園の攻撃は5人。渋井は鎌田に展開すると鎌田は雛とマッチアップした。雛は少しでも遅らせようと飛び込まずにいたが、鎌田にタイミングを完全にずらされて抜き去られてしまった。クロスを上げる直前にスライディングでブロックしようとするも、切り返されて鎌田はペナルティエリアに侵入してしまった。すかさず光がマッチアップするが、鎌田は左足を振り抜き、浮いたボールに飛び込んだのは落合だったが少し高くヘディングに合わなかった。しかしカーブのかかったボールはゴールにも向かっている。夏海は身体を思い切り伸ばしてボールを両手でキャッチした。

神谷「まったく、危なっかしいわね…」

佐久間「WBとDMFが2人ずついるとはいえ、3バックは少し守備的に薄いな。」

25分、佐倉中央が自陣でファールを受けた際に光が作戦を変更した。

光「仁美がLSBに入って雛はCBにしよう。亜紀は1人でも大丈夫そうか?」

亜紀「少し不安かな。伊織か桃子が下がってくれるといいけど…」

伊織「じゃあ私が下がりますね。」

やはり普段4-5-1でフォーメーションを組んでいる為、その後の動きは幾分かスムーズになった。ただ、令和学園のペースに変わりはなく、29分に福澤のミドルシュートがポストを叩くなどピンチは絶えなかった。

そんな中、33分に雛が前線に大きくクリアをすると渋井がまさかのトラップミスでボールは桃子に渡った。前にはつかさがいて守備は相手のCBの2人だけ。桃子はドリブルで駆け上がる。寄せてきたDFの1人を躱すとつかさにパスをして、つかさはダイレクトでスルーパスを通した。梅宮と桃子の1対1に会場の歓声は大きくなる。

桃子(つかさだけが点取り屋じゃないんだ!)

前に飛び出したのを見計らって爪先をボールの下に入れてふわりと持ち上げた。ボールは手を伸ばす梅宮の上を飛び越えてノーバウンドでゴールに吸い込まれた。

梅宮(くそっ!こんなの有り得ない…!)

桃子「っしゃーーー!!!」

駆け出した桃子はつかさを指差すと、今度は観客席に視線を向けて梨子を指差して胸を拳で叩いた。梨子は大きく頷いている。

桃子(カッコいい姉ちゃんの姿、胸に焼き付けやがれ!)

そう伝えていた。

鎌田「何かおかしいね。応援の差かな?」

渋井「応援に差があると負けるのか?」

鎌田「いや、そういう訳じゃ…」

落合「後半からあの人が出ると思うから守備は大丈夫かと…。」

福澤「でも、もう1年もチームを抜けてたんだぞ?あんまり信頼をおかない方が…」

梅宮「いや、私は雷と共に練習していたが実力は本物だった。とにかく前半のこれ以上の失点は絶対に避けよう。私も粘るからさ。」

決勝は前後半共に45分なので選手にはこれまで以上の体力、忍耐、集中力が必要となる。

試合が再開すると令和学園は自陣で回すことが多くなった。佐倉中央の体力を少しでも削ろうという作戦であったが、それに勘付いたか40分を過ぎる頃にはもう誰も追わなくなった。福澤や落合が攻撃の姿勢を見せると直ぐに鉄壁の守備の姿勢になる。アディショナルタイムの2分も直ぐに尽きて佐倉中央の2点リードで前半を折り返した。

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