第71話 Ace Killer
翌日、神戸総合競技場には多くのサッカー関係者、並びに応援団や保護者、サッカーファンが駆けつけた。準決勝でも席は満席。その中にはつかさの両親とつばさもいた。
神奈子「つかさは第二試合ね。相手は去年優勝しているところらしいけど…」
つばさ「お姉ちゃんたちなら勝てるよ!あ、令和学園と暁月が入ってきたよ!」
裕次「どっちも上手いから見ものだな。」
佐倉中央は控室から中継で見守った。赤色のユニフォームの暁月高校に対し黄緑色の令和学園とのコントラストが鮮やかであった。
浅野「絶対に決勝に進もう。強敵なのは分かってるが、私たちは強い!暁月勝つぞ!」
「おーーー!!!」
雷「油断をしたらそこから失点に繋がる。命を削ってでも勝つ勢いで…。慢心が出れば負けると思え。」
令和学園は円陣で2回手を叩いてポジションに散らばった。浅野はセンターサークルの外から雷をまっすぐに見つめている。
浅野(さあ…楽しもうじゃないか!)
主審「45分ハーフ、前半を始めます!」
主審の笛が高く鳴らされた。
ボールが雷に下げられると一瞬で浅野が距離を詰めた。それを全く気にせず雷はボールを更に後ろに下げた。浅野は雷の顔を合わせてニヤリとしてボールを追った。
雷(何が目的なんだ…?)
序盤は令和学園ペースで試合は進行している。しかし、5分が経過しても両チームシュートは0本。雷がボールを受ければ暁月は複数人で一斉に潰しに行った。
渋井(雷を徹底マークか…。だが、雷だけでゲームが成り立ってると思うな…)
神谷(なんて思ってるだろうけどそんなこと微塵も思ってないわ。そのボール、貰うわよ!)
パスの出し所を探してボールを保持していた渋井からボールを一瞬で奪った神谷はそのまま持ち上がった。安斎にパスを出して自身はそのまま縦に駆け上がった。ワンツーパスの交換と思われたが、安斎はノールックでループをした。ボールは走り込んできた浅野がダイレクトで合わせた。ドライブ回転がかかったボールは急激に落ちてきた。しかし、GKの梅宮が右手でボールを弾き出した。
浅野「くそっ!入ったと思ったのに…」
梅宮(あんなのが入るだと?舐めんじゃねぇ)
神谷のCKが入ると、梅宮がパンチングでクリアして雷にボールが回った。暁月は2人がかりで止めようとするが、一瞬で抜き去られしまった。雷の前には吉良がいる。
雷(こいつは確か足がかなり速かったな。ドリブル突破するには抜き切るしかないか…。)
スピードを上げるとステップオーバーをいくつか挟んで吉良の右サイドを抜けようとしたが、
吉良「あらよっと」
雷「!?」
体重を最大限に乗せて吉良は肩でぶつかった。そして前方に大きくボールを蹴って倒れると同時に肘を肋骨に当てた。
雷「がはっ…!」
倒れた衝撃で雷の胸には激痛が走った。主審が2人の安否を確認しに走って来た。
主審「大丈夫?立てそう?」
吉良「ええ…何とか…」
雷「…」
胸を押さえながら立ち上がった雷は自陣に戻っていった。
後藤「伏線を張ってきたな。やり方は汚いかもしれんが、ファールにならない程度に削りを入れて少しでも楽にしようということか。」
つかさ「でも、今の結構体重乗ってましたよね…?」
光「まあ、もしかしたら折れてるだろうな。」
後藤「たとえ折れてないにしても今日の試合はかなり響く。暁月はチャンスを得たな。」
その後もやはり雷は胸を気にしており、スピードやジャンプの高さも落ちた。
渋井「雷、大丈夫?バックも考えた方が…」
雷「大丈夫。この落とし前はしっかりつける」
井原(さて、徹底的に潰しに行きますかね。)
暁月の井原監督は複数人の選手と目を合わせて何かを指示した。すると、先程よりも激しいタックルが雷を襲った。
32分、浅野がボールを受けると選手を3人躱し、シュートモーションに入った。そこに飛び込んできたのは雷。
浅野(悪いけど、ここで終わってもらうよ)
ニヤリと笑うと、雷の胸を目掛けてシュートを放った。至近距離で放たれたボールに雷は悶絶して倒れる。ボールはすぐ近くに落ちて更にそれをもう一度シュートした。ボールは梅宮の手を掻い潜ってゴールに突き刺さった。
浅野「よっしゃあ!」
耳に手を当てて観客を指差して歓声を求めたゴールパフォーマンスをすると会場は大いに盛り上がった。
梅宮「雷、大丈夫か?」
雷「何とか。ただ、この分は取り返さなきゃ」
梅宮「あんまり無理すんなって。私たちは絶対に勝つからさ。」
雷「そうか、分かった。後半に変わるかもしれない。その時は頼む。」
試合が再開すると、暁月はもう一点を狙おうと攻撃的になったが考えは少しばかり甘かった。吉良が神谷にパスを出すが、雷がカットすると右サイドにスルーパスを出した。
雷(私が居なくとも彼女達ならやってくれる)
RMFの鎌田、CFの福澤がコンビネーションで暁月の左サイドを崩していく。飯塚が福澤の後ろから奪おうとタックルしに行くと、福澤はその場に倒れた。主審が笛を吹いて令和学園のFKとなった。
佐久間(厄介な位置だな…。)
距離は凡そ20m。暁月は壁を4枚配置した。キッカーの位置には鎌田と雷が立っている。
吉良(さあ、どっちが蹴ってくるのかな?)
最初に走り出したのは鎌田だが、フェイントでボールを飛び越した。
佐久間(やっぱり雷か!)
雷のセットプレーは日本屈指の上手さを誇る。
雷(ぐっ…!)
しかし、蹴る際に激しい痛みを覚えてシュートからパスに切り替えた。そこに走り込んでシュートを放ったのは渋井。美しい弧を描いたボールはゴール右上の一番取りにくい場所に突き刺さった。雷は胸を押さえながらも笑顔である。
桃子「良いシュート持ってるなぁ」
後藤「肋骨の様子的に雷は後半下がるかもな」
試合終了のホイッスルがなると、佐倉中央はコートの感覚に慣れるためにピッチで軽いランニングとパス練習をした。ピッチに出る時、控室前の通路で暁月とすれ違った。浅野はすれ違いざまに光に耳打ちをした。
浅野「もし私たちが負けても布石は置いておいたから絶対に勝ち進め。」
黙って光は頷き、親指を立てた。
光(勝つためには仕方がない。正々堂々ではないが、こういう事も必要なんだ…。)
つかさ「思ったよりボールが伸びそうだね」
瑞希「そうだね。スルーパスが鍵となりそうだけど、GKに取られる可能性もあるからね」
一方、控室では各チームでミーティングが行われていた。
井原「よくやりました。雷梢を潰す作戦は無くしては我々…そして進むかは分かりませんが佐倉中央も勝てないでしょう。今は私たちが勝つ事だけを考えたいですが、もし勝ちの見込みが無くなった場合、どうしますか?浅野。」
浅野「私がどんな手段を使おうと、雷を削ります。レッドカードが出ようと、国内でどう批判されようと、シャンゼリゼが決まっている私に怖いものはない。私たちがこの大会で欲しいものは優勝のみ。そうだろう?」
暁月のメンバーは全員が頷く。
吉良「フェアプレー賞とか、優秀選手賞なんてチームが内定している者にとっては怖くない。そんな物に拘ってちゃこの先やってけない」
安斎「私は2年ですが、欲しくもないですね」
それに全員が笑う。
井原「そう、その調子です。後半もサッカーを楽しみなさい!」
令和学園の方では怒りの声が沸いていた。
雷「くそっ!私を削って勝つのは嬉しいのか!あいつら!いたた…」
渋井「それでどうするの?アウトするの?」
雷「いや、しない。上等だ。あいつらから私が点を取って勝つ。その為なら骨の1本や2本くれてやる。」
梅宮「おい、決勝はどうするつもりだ?」
雷「ここまで来りゃ怖いもの無いだろ。白鶴は負けたことがないし、佐倉中央も関東で潰してる。私が居なくてもお前らで勝てるさ。」
渋井「そんなの…何のためにここまできたと思ってんの?あんたも出るんだよ!」
雷「…分かった。20分だ。20分になったら…落合!お前が代わってくれ。」
落合「は、はい!」
福澤「勿論、それまで雷以外も気は抜かないでいこう。絶対勝って決勝に行こう。」
令和学園の監督は何も言わなかった。というより寧ろ、サッカーを選手主体のものと考えており、介入することが殆どないのだ。
主審が笛を鳴らすと、佐倉中央は練習を終えてまた控え室に戻った。
観客席から戻ってくる選手に拍手が送られた。
後半に入ると双方のぶつかり合いは更に激化した。暁月は浅野を中心に雷だけでなく他の選手にも削りを入れ始めた。
浅野(ブーイングをどれだけ受けようが、やる事は変わらねえんだよ!)
神谷(退場にならなければ全部同じよ!)
吉良(間違った事…じゃないんだよなぁ。次に繋げるため…お前らに優勝を渡さないため!)
佐久間(アイツらと約束したからには私達が悪になってもいい!)
18分、雷がボールを持つと自身のこの日ラストプレーを決めたのか、痛みを堪えながらドリブルでどんどん駆け上がった。
雷(決めてやる!後は味方を信じるだけ!)
吉良も抜き去ると遂に佐久間と1on1の状況が作られ、佐久間がボールに飛びつきに来たが…
つばさ「あっ…!」
浅野(あばよ!最後の大会!あばよ!暁月!そして…佐倉中央…!)
その瞬間、ホイッスルがコートを切り裂いた。
渋井「雷っ!」
雷はペナルティエリアで背後からの浅野のスライディングと佐久間に挟まれ、右足を破壊された。浅野が立ち上がると、令和学園のメンバーが一斉に浅野に詰め寄る。浅野はアンニュイな表情をしていた。
福澤「お前ふざけんなっ!」
渋井「こんなプレーして恥ずかしくないの!」
吉良「おいおい、落ち着けよ。騒がしいぞ。」
浅野は神谷や佐久間に守られながら主審に呼び出された。当然1発退場であった。主審では足らず、副審までもが令和学園の静止をしている。会場からは大ブーイングだ。
神奈子「すごいことになってきたわねぇ…」
裕次「まあ、もしかしたら佐倉中央に優勝を託したのかもしれないな。」
つばさ「どういうこと?」
裕次「削られたプレーヤー…雷か。そいつがいる限り多分優勝出来ないと見たんだろう。だから少なくとも次の試合に出させない。そして佐倉中央が勝つと見越してのプレーだったのかもしれないね。」
つばさ「なるほどね…。ん?」
浅野は退場し際につばさを見つめた。そして頷くと笑顔で大きく礼をしてピッチを後にした。
つばさ(あの瞳…間違いない。私に対してのエールだ。来年以降はお前たちの番だって…。)
浅野(伝わったかな。まあ、伝わってるか。)
後半半ばに暁月は1人失い、令和学園は雷を落合とチェンジした。
佐久間(さて、決められても仕方ないが、どうせなら止めたいよな…。)
キッカーは福澤。真っ直ぐにゴールを見つめている。笛が鳴らされるとボールを左足で振り抜いた。がしかし、何者かによって崩されていたポイント付近の芝に足を取られてボールは大きく上に外れた。
福澤「おかしいだろ!審判!やり直しだろ!」
佐久間「ラッキーだ!切り替えよう!」
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