四人の新人 2
「恵、早速友達作り? 北海道で私がいなくて寂しかったのかな?」
新たに部屋に入ってきたその子が私を一瞥して言う。
「そんなわけあるか。あっちでも友達くらいいたわ。お前こそ、そういう鬱陶しい絡み方で友達できなくて泣いてたんじゃないの? シロ」
「ところが! 恵が愛するシロちゃんは九州でも大人気だったのでした!」
「ああ、はいはい。友達いっぱいだったのね。ですごいねー」
「ひどい! 久しぶりに会ったのにぃ!」
シロと呼ばれたその子は芝居がかったように体をくねらせる。二人はお互いに軽口を言い合えるほどの仲ということか。
「さて、恵の新しい友達に問題でーす!」
「うわっ」
シロさんが机の資料を取ってすかさず私へと顔を近づけてきた。
「私のフルネームは何でしょうか? 正解すると、何と! 私が昨日買った等身大の三毛猫のぬいぐるみをプレゼント!」
シロさんはそのぬいぐるみの写真をスマホで見せる。ずいぶんとご機嫌な様子だが、
(問題の難易度と景品が釣り合ってないし……それに、どうして猫? 可愛いけど、特に欲しいわけじゃないし……)
何と言おうかと考えた後、
「シロってあだ名なら……大城四郎、とか」
「私は男か! 男に見えるか?」
どのみち答えが的中するわけがないので、完全に投げやりに、当てずっぽうに回答した。
「外したあなたには残念賞。プレゼント・フォー・ユー」
シロさんから手渡されたのはビニール包装に包まれたラムネ菓子だった。きょとんとする私にシロさんは、
「それで、キミの名前は?」
「南依吹。あの……シロさん、名前は?」
「気になる? 気になるよね? そうだよね? 教えましょう! 私の! 名前は――」
「
恵ちゃんがシロこと城間さんに被せ気味に割り込んだ。
「恵ぃ、人がせっかく盛り上げてたのに!」
「前置きが長いからつい邪魔をしたくなった。あと、私もラムネ一つちょうだい」
「ほーい」
シロさんは恵ちゃんにもラムネを渡し、私達の後ろの列の席に座る。この子みたいに皆にお菓子をあげてる子って、時々いるよなぁと、私は過去の人間関係を振り返って思ったのだった。
「そんで、私の名前は城間千秋、シロって呼んでくれていいよ。好きなものは猫と、皆で食べるお菓子!」
「うん、なんとなくわかる」
「あ、猫は好きなんだけどウチでは飼ってないから、実は猫エアプ勢なんだよね。野良ちゃんを撫でたり、グッズを買うくらいかなー」
エアプときたか。
「昔そいつが遊んでた黒い野良猫に『シロ』って名前をつけてたから、シロ。城間って苗字は県内に大勢いるけど、私にとって『シロ』はそいつ一人だけ」
恵ちゃんが少し笑ってそう言うと、シロは、
「猫の毛が何色だろうと、シロって名前にしちゃいけない法律なんてないでしょ?」
「――あの」
ふと背後から新たな聞こえた。振り返ると、さらに別の子が資料を片手にぶら下げて立っていた。彼女が部屋に入ってきたことにまるで気がつかないほどに、私達は会話に夢中になっていたようだ。
私から彼女を見上げるような形になったせいもあるが、とりわけ印象的だったのはすらりとした長身だ。一七〇センチ前後の高さくらいはあろう背丈は、小柄な恵ちゃんと立って並べばかなりの身長差になるのではないか。
その子はシロの隣の空いている席を控えめに指さしてシロに、
「……シロさん、ここに座っても?」
「ここしか空いてないし、いいよー」
そうして席についた彼女は、
「ええと、前の席の二人は恵さんに、依吹さん……で合ってる?」
「聞いてたんだ」
「けっこう前からね。盛り上がってたみたいだからしばらく見てた」
彼女もまた配布資料の紙に名前を書く。
「
「摩耶っちはどうして薬剤師になったの?」
まるで十年来の知り合いだったかのように質問をしたのはシロだ。
だが、馴れ馴れしく接したことへの仕返し――というわけではないだろうが、上原さんはシロの額を突くように人差し指の腹を押し付けてにやりと笑い、
「私もどうして薬剤師になったのか知りたいなぁ、シ・ロ・ちゃ・ん?」
「んなぁぁ、痛い痛い痛い」
この子もシロと方向性は違うものの、物怖じしにくいタイプのようだ。患者の対応で未だに緊張している私には、二人のような気質はうらやましく思う。
「ところでさ」
上原さんがシロから指を離す。額にかかった力がふいに消えてしまったシロが若干バランスを崩した後、指を当てられた部分を労わるように少しだけ撫でた。
「どうして今日の講師の人、病院薬剤師なんだろう? これって薬局の薬剤師の研修でしょ?」
「わからん。私も不思議に思ったけど、薬薬連携*1とか、地域包括ケアシステムとか、そういう話がメインになるじゃない?」
と恵ちゃんが上原さんに言う。
資料を見ると、今日の講師の所属先は『銘里記念病院薬剤部』。ならば十中八九、病院薬剤師のはずだ。確かにこの人が薬局に勤務する薬剤師の研修を行うことには、ちょっと疑問が残る。
「ただ単に人手が足りなから病院薬剤師がやらざるを得ない、とか?」
「かもねー。那覇ですらそういうのに苦労してるっぽいし」
私の発言にシロが続く。
間もなく研修の開始時刻だ。待っているその間にも私の後ろの席では、
「摩耶っちもラムネいる?」
「いる。ありがとう」
シロと上原さんがそんなやりとりをしていた。
程なくして、今日の講師らしきスーツ姿の女性がノートパソコンを抱えたまま颯爽とした足取りで入室し、
「こんにちは」
私達に姿を見せると同時に挨拶をしてきた。気後れしたのは私だけではなかったようで、四人とも彼女への応答がワンテンポ遅れて会釈を返す。彼女の年齢はうちの薬局の當真さんと同じくらいの三十歳前後に見えた。
「全員そろっていますね。時間なので早速始めます。今日の研修を担当する、銘里記念病院の薬剤部の
短い自己紹介を終えた糸数さんは、淡々とプロジェクターの準備を始めた。
*1 病院薬剤師と薬局薬剤師が患者の情報を共有し、入院・退院時の両方で良質な医療を提供できるように連携すること
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