第3話 四人の新人
四人の新人 1
私は今、那覇市内のビルの中のとある会議室の前にいる。今日はここで、スノーマリン薬局が加盟している銘里市の薬剤師会の合同新人研修が開かれるのだ。
「新人か……何人くらい来るんだろう?」
銘里市の研修会をなぜ那覇で開催するのかという疑問に「銘里で研修ができるような施設は交通の便が悪いからだろうね」と答えたのは、今日の研修の出席を命じた謝花社長。こちらに移り住んでから知ったことだが、そもそも銘里市には仕事などの研修会ができる目ぼしい施設が少なく、その希少な施設も車を使わなければたどり着くのが難しい場所にあった。私はまだ車が買えるような貯蓄などないので、今日はバスとモノレールを使ってこの会議室までたどり着いたのだ。
開けっ放しになっていたドアに貼られた『銘里市薬剤師会新人薬剤師研修会 会場はこちら』という紙に従って中に入るとまだ誰もおらず、最前列の中央の机に『資料を一部ずつ取り、白紙の用紙にはご自身の名前を書いてください』という手書きの紙とともにホチキスどめされた資料が積まれていた。だが、
「少ない……」
ぱっと見ただけでも、山積みなどと呼べるほどは多くないのは明白だった。
自分の資料を一部取ってすぐ後ろの席に着く。私は山の頂点に目線を合わせるように体を低くして、眼前の資料を数えてみることにした。
(一、二、三……あ、一つ取られた)
私の視界の斜め上から伸びた手が資料を掴んだ。手の主はそのまま私の隣に座ってきた。
「どうも」
小柄な女の子だった。その上かなりの童顔でずいぶん若く見えるが、日本の薬剤師である以上六年の学習過程を終えているので、この子も最低で二十四歳であることはほぼ確実なのだけれど。
「あ、こんにちは」
私は少し遅れて軽く会釈する。
(ということは、資料の数は……)
私の手元にある資料を最後に数えて四――つまり今日の全出席者は四人だ。
「あの……今日出席する人、もしかしてすごく少ないの……かな?」
私は困惑して、思わずさっきの子に声をかけた。
「そうらしい」
「あ、あはは……」
その子は資料を捲りながら驚く様子もなく答えた。
「まあ、那覇でもないところに四人も新卒が来ただけでも奇跡だよ」
そう言いながら彼女は早速資料についていた白紙の紙に自分の名前を書き、半開きの二つ折りにして机に置いた。
書かれていたのは『瑞慶覧恵』という文字。
「ず、ずい……みず……」
「ずけらん」
見かねた彼女が助け船を出す。
「
「瑞慶覧……さんは、どこの薬局?」
言い慣れない苗字を慎重に発音しながら訊ねた。
「ドラッグコーラルの東銘里店」
「それ、うちの薬局のすぐ近くじゃん!」
「マジか」
ドラッグコーラルは沖縄で創業された大手ドラッグストアで、関西以西のドラッグストア業界ではひときわ大きなシェアを占めている。全店舗に調剤薬局を併設していることが特徴で、私が就職活動をしているころから関東での薬剤師の採用にも積極的に行っている印象だった。
ドラッグコーラル東銘里店とうちのスノーマリン薬局は、銘里記念病院の近くに位置する門前薬局である。
「今日の講師の人も銘里記念病院の人だし、今日来る予定の一人も私の同級生だし、こっちに戻ってくると世間が狭く感じるわー」
「同級生……なんだ」
「今、その子はトイレだからもうすぐ来ると思う。で、あなた……名前は?」
「南。南依吹って言います」
私は急いで紙の上にマジックペンを走らせ、瑞慶覧さんに見えるように置いた。
「南さんはどこから戻ってきたの?」
戻ってきた――ああ、そういえばそうだった。
「実は……東京育ちで、大学も実家から行ってて……ここにIターン就職」
「……マジか」
さっきよりも一段トーンが下がった。
「瑞慶覧さんは――」
「ああ、めんどくさいから、恵とかでいいわ。そっちは『依吹』でいい?」
「うん、それで、恵……ちゃんは、どこの大学を出たの?」
「北海道」
「マジか!」
素っ頓狂な声で驚く私を見て恵ちゃんが少し笑う。
「高校で指定校推薦の枠が少しあってさ。それで行ってきた」
「なるほど……」
そういう理由があったとはいえ、沖縄から北海道への移動は、相当な度胸のいる決断だったはずだ。恵ちゃんにとっては東京からわざわざ沖縄に来た私も同類のように映っているのだろうか、などと逡巡をしていると、
「――恵、おまたせ」
恵ちゃんの同級生らしき子が部屋に入ってきた。
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