第1話-2 薬剤師・南依吹

「だいぶ喋り方が薬剤師っぽくなってきたねー」


 薬品棚の奥から、一人の女性がゆっくりと姿を見せた。

 この人は當真朋夜。この薬局の四人の薬剤師の中で私に次いで若い薬剤師の先輩だ。とはいえ、當真さんの年齢は三十二歳。私が入社してすぐのころに思い切って齢を訊いてみたら、


「いくつだと思う?」


 と、実際の年齢がどうであれ回答に困る質問をされてしまったので、


「……三歳くらいですか?」


 適当にそう答えた時の私は妙な顔をしていたに違いない。當真さんは崩れ落ちるほどの馬鹿笑いをしながら、


「こりゃ思った以上の超大型新人だ! 東京まで行って連れてきた甲斐があったわ! 私天才!」


 と息も絶え絶えに自画自賛をしていた。その後落ち着きを取り戻した當真さんは、


「三十二でも若手薬剤師だからねえ。沖縄って」


 先ほどとは打って変わり、少し寂しそうに語ったのだった。

 私は背後に立つ當真さんに、


「薬の数も多かったのに、あんなものが出てきたらヒヤヒヤしますよ」


「そのあたりは慣れもあるからね。まだこれからだよ。ところで――池上さんは、どうして一包化が必要な患者さんなんだろうねー?」


 當真さんがにやりと笑う――今日の新人教育が始まったのだ。

 『一包化』という調剤行為は原則として、処方医の指示がなければならない。そしてその指示は、患者本人の精神や身体能力の問題によって薬の管理や服用が難しくなる、とみなされた場合に出される。つまり、このような問題を抱えていない患者が


「錠剤のプラシートからプチプチプチと薬を取り出すのが面倒くさいので一包化してください」と医師に相談をしても、承諾されることはほぼあり得ない。


「えーと……手の震え、です」


 私はパソコンの薬歴*2に残されていた『慢性的な手の振戦により医師からの一包化指示あり』という一文を見て答えた。池上さんには一包化で薬を準備するきちんとした理由があるのだ。


「それでさ、池上さんの手、実際に震えてた?」


「え? それは……」


 さっきの池上さんの様子を必死に思い出してみるが、本当に手の震えがあったかどうか、記憶がはっきりとしない。もしかすると、手の震えなんてなかったのではないか、ということもあり得るのではないかと思ってしまう。

 ――ならば、薬歴の『慢性的な手の振戦』とは何なのだろうか?


「わからない?」


「……はい、すいません」


 事の次第によっては、謝っただけでは済まない場合だってある。私の発言が原因で池上さんに健康被害を与えてしまえば、最悪の場合、本人のその後の生活に悪影響を及ぼすだけでなく、私自身も法的な責任を問われかねない。関わった全員が不利益を被ることになってしまうのだ。


「じゃあ、まだ他の患者さんも来てないし、少し考えてみようか。なぜ気が付かなかったのか、ということをね」


*2 薬剤服用歴管理記録の略語。患者の処方歴や体調変化などの情報を連続的に記録したもの

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