第89話 混乱の村
静かな夜空に鈍い轟音がこだましていた。
ブリカッツォとロギチーネの体内からは地獄の炎が吹き出し、それは地上のどんな炎よりも勢いよく全てを焼き尽くす。
マリア達には理解し難い人智と物理法則を超えた戦闘だった。
ただ集落の家の屋根から見えるのは、森の中で赤い炎と青い炎が絡み合いながら争っている様で、それに介入出来そうな気がしない。
どんどん火の海が広がり、木々を燃やした。
マリアは目の前の、巨大な地獄の植物から現れた悪魔を見た。まだ茎に包まって膝を抱えて眠っているみたいだ。それは人でいう女の身体をしていた。灰色より少し白い肌を剥き出しにしていて、恐ろしく長い髪の毛をしている。腕で見えないが、どうやら目鼻立ちが整った綺麗な顔をしているみたいだった。
「マリア。眠っているうちに斬るのよ」リリーの方が我に返るのが早かった。
「え?」
「この悪魔を叩き斬るのよ」リリーはマリアの肩から降りた。
「え、ええ」マリアは抜刀した。
その時、その女の悪魔は目を開けた。白目も黒目もなくて、まるで木の節みたいに真っ黒な穴みたいだった。そして大きな目でマリアを見上げて、組んでいた腕を解き、その場に立ち上がろうとした。辺りを見回して、全裸の体にまとわりつく植物を引き剥がそうとした。
マリアは咄嗟に剣を振り上げ、その灰色の悪魔に斬りかかる。足を踏み出し、あの感覚を思い出そうとしていた。
自分で編み出した剣。まるで清流が流れるが如く、身体をリラックスさせて相手の攻撃をいなす。
攻守が高い次元で結合した斬撃は剛ではなく柔の属性によって繰り出される。もはや防御が既に攻撃のためのものであり、攻撃が防御を行うための体勢で放たれる。
まだ完成したわけではなかったが、マリアは感覚を掴もうとしていた。イメージは清流だ。相手は散りゆく花びらを掴むが如くマリアを捉えられない。
悪魔は凄まじい速さで反応し、マリアに身構えた。マリアの放つ斬り下ろしを避けようと左肩を後方に下げ、右手でマリアの首元を掴まんとした。その悪魔の指先には爪がなく、木の根みたいに鋭利でそれより硬かった。
マリアが空を斬ったのち、グロテスクな指も空を斬った。既にマリアは身を屈めて相手の攻撃を見切っていたのだ。
マリアはその体制から剣の刃を一気に真上に振り上げた。身を起こさず腕を精一杯振り上げたのだ。
やはり悪魔は血を流さなかった。女の悪魔の右手はナタで叩いた薪が飛ぶようにどこかへ消えていった。
肘から下が消えて唖然とする悪魔。自分で自分の切断された部分を目を剥いて見ていた。彼女は呻き声1つ上げない。
「マリア」後方からリリーが叫んだ。彼女の赤い目は既に何らかの詠唱が終わっていた事を指していた。
辺りの空気がバチバチと弾ける音がして、マリアは急いで身を悪魔から離そうと後退りした。
巻き上がる空気が植物の悪魔を取り囲み、髪をなびかせた。その勢いは段々強くなっていき、やがて悪魔は苦悶の表情を浮かべ始めた。身体が軋むが如く音を立て始める。
「真空波」マリアは身体を急いで後方へ追いやる。こんなのに巻き込まれたら身がバラバラになってしまう。
その次の瞬間だった。マリア達がいる家が揺らぎ、轟音が鳴り響いたかと思うと、気付けばマリアとリリーは宙を舞っていた。身体は逆さまだ。
何が起きたか分からない。
集落に煉瓦や木片が舞った。
逃げ惑う人々が悲鳴や怒号を挙げた。
自我を取り戻した男達は家から抜け出そうとしていたが、その衝撃で後ろの者は死んでしまった。皆恐怖に駆られながら急いで走る。家が爆発で粉々になろうとしていたから。
隠密ジャンは生命からがら建物から抜け出すと、その混乱をかいくぐって何が起きているかを知ろうとした。
自分が今まで何をしていたかが分からなかった。気付けば夜になっていて、集落が異常に明るい。背後の森が焼けていて夜空を明るく照らしているから。
何か大きなエネルギーが家にぶつかったみたいだ。だから家が爆発したみたいに砕け飛び散っているのだ。
家々から女達が飛び出して逃げている。村の外に我先にと走り始めた。
そうだ。ザンだ。
ジャンは逃げ行く群衆を避けて、家の屋根を跳躍して駆けると、急いで村の入り口に停めてある馬車に向かった。
疎らに集落から出てくる人々を不安そうに見つめるメグが見え、ジャンは地面に降りたって走った。馬車の幌を回り込んで覗き込む。
しかしザンは馬車の中で横になってはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます