決着
第87話 父上
「本当だろうな」と、狐は訊かれた。
「厳密に言いますと、封鎖された王都の中から外にいらしたのを見たのです。どうやらその時は中に入れず立ち去られたみたいでした」道案内してきた狐は訊かれて早口で説明した。
「それはそうとして。いやはやこの王都の惨状は」馬に乗せられて来た老兵が言った。
「何と奇怪な。これは霧か。霧が垂れ込めておるのか」馬を操る白銀の騎士が言った。
「お嬢は近くにおられるかと」共に来た100匹ほどの狐の一匹が言った。
「まあ待て。マリアはひとまず捨ておけ。ギルガン、降りるよ」
「ギュスタヴ。これが王都か?」ギルガンと呼ばれた白銀の騎士が訊いた。彼は亡霊。肉体を持たぬ者。
ギュスタヴと呼ばれた男は恐る恐るライムブルク大正門を潜る。門にも通りにも市民は人っ子1人いない。巨大なこの王国の首都であるにもかかわらず。
「何が起こっているか分かるかね」ギルガンも馬を進ませる。
「あれが原因か」ギュスタヴが指差した煉瓦造りの立派な建物の屋根に、角を生やした全裸の輩がたむろしていて、何やら話し込んでいた。
「なるほど」ギルガンが呟いた。
「あんな種族は見た事がないが。何者だ」ギュスタヴは取り巻き達に訊いた。
「さあ」
「何者でしょうか」
「見た事がありませぬな」狐達は首を傾げた。
「あれは地獄の悪魔だ。家内や子供達がお世話になっている連中だよ。しかしこんな所で何をしているのか。ますます我々が天国に行くのに時間がかかるだろうに」ギルガンはため息をついた。
「何をしているか訊いてみようか」ギュスタヴ・ベキャベリは久しぶりに王都の石畳に足を踏み入れた。きちんと整備された街並みは陰鬱な今現在でもやはり美しい。白い石や赤煉瓦で統一された建物は高さが全て揃っていて、見事な景観だった。
そんな建物の屋根にいた悪魔が3匹、近づいて来たベキャベリを見下ろしながら何やら小さな声で話していた。
「おい」ギュスタヴは51歳になってもスリムで、それでいて顔も若く見えた。「お前らは何をしている?街人はどこだ?」
「やかましい。偉そうな奴だ」悪魔は横柄な口調で答え、聞く耳を持ってないらしい。白銀の騎士も横まで来て、お供の狐達もわらわらと王都に入り込んだ。
「お前らを怖がって逃げたのか?」白銀の騎士がくぐもった声で言った。頭の天辺から爪先まで甲冑に覆われていて、果たして中がどうなっているのか知るものはいない。
「こっちが訊きたいくらいだ。面白い物が見れて楽しめるって聞いて地獄から来たのに人っ子1人いないじゃないか」悪魔はベキャベリ達に八つ当たりみたいに話し始めた。
「ブリカッツォ大公もいないし」もう一方の悪魔が言った。
「ブリカッツォ。聞いた事があるな。下層の方の上位の悪魔だ」ギルガンは胸騒ぎがした。目の前の下等な悪魔だけでなく、そんな位の高い悪魔がかんでいるとなると……」
「お前らは自ら地獄から来たのか?」ベキャベリは訊いた。
「ばかゆうな。俺達は呼び出されたのだ」
「誰に」
ここで悪魔達は口をつぐんだ。しかしそれがかえってベキャベリにある気付きを産んだ。
彼が王国の神聖騎士団にいた時、皇太子だった男、つまり今の国王は悪魔学に興味を持ち古今東西の書物を集めて読み漁っていた。
ベキャベリはライムブルク城を見た。城を去ってどれほどの年月が経ったであろうか。二度と来るまいと思って静かに立ち去った。
何も変わらないはずなのに昔とは甚だしく見え方が違った。何か呪われた禍々しい雰囲気を漂わせている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます