第86話 生まれる悪魔
「見てみたいじゃないか。地上で生まれる悪魔を。もうじき花の中から地上の生物の養分を吸った美しい悪魔が生まれるだろう。どんな悪徳を持った悪魔が生まれるか。待ちきれんよ」ブリカッツォは胸に手を当てていた。
ロギチーネが飛びかかっていたにもかかわらず。
家の建物以上の高さまで跳躍したロギチーネは両手でブリカッツォを掴みかかろうと飛びついた。
その時マリアには辺りの空気が変化していくのに気付いた。少し息苦しい。酸素が引き寄せられてる。
「危ない」マリアは地面から家の屋根に向かって叫んだ。
「遅い」
激しい発火だった。空中から発せられた火柱がブリカッツォを守らんとロギチーネに襲いかかる。ロギチーネは屋根に到達しかけて炎に包まれた。それは薄暗い村を明るく照らし、熱気はマリアの顔を焼くのではないかという程だった。何より眩しかった。
「リリー」マリアはリリーを見た。彼女は既に詠唱に入っていた。
次の瞬間、炎の中から飛び出した青い影はブリカッツォに飛びついた。前に投げ出した手で掴みかかり、身体ごと突進した。
落ちるというより吹き飛んだ。重なり合う悪魔は家の屋根を揺るがし、部分的に破壊しながら向こうに飛んで行った。
そして家の裏に落ちたであろう轟音は、異常なまでに大きく大地をまた揺るがした。屋根に残ったのは不気味な花だけ。暗がりで呑気に咲き続けていた。
その間も家の向こうから怒号が聞こえる。マリアはどうすべきか考えるが、うまくまとまらない。
「マリア、マリア。聞いてる?」耳のすぐそばでリリーが話しかけるのが入ってこない。
「ん?」マリアはやっと返事をした。
「マリア、今のうちに花を斬り落とすのよ」
「そうね……」
「私が飛ばすわ」リリーは目を輝かせた。何処からともなく吹き付ける風が地面に反射し、マリア達を浮かび上がらせる。人が浮くほどに力強い上昇気流。マリアの髪もリリーの体毛も真上に逆立った。
マリアの身体は跳躍し、あっという間に家の屋根に上がった。マリアの足は危なげに屋根に着地すると、巨大な地獄の花を見据えた。
赤々しい人の筋肉みたいな花。動物的な感覚では嫌悪しかない。
マリアは薄刃の刀剣を抜いた。
「やってしまうの」リリーが言った。そして剣を振るい易いようにリリーはマリアの肩から降りた。
その時だった。そのブリカッツォのけたたましい笑い声の後の地鳴りのせいかどうかは分からない。その花の肉みたいな紅い花びらがはらはらと散り始め、屋根の上に落ちたり、そこからさらに地面に散った。
激しい爆発が、ブリカッツォやロギチーネが居る森の辺りから起こった。激しい戦いをしているに違いない。
散る花びらの中から何かが見える。マリアは身体がすくんで手に持つ刀剣で斬りかかる事が出来なかった。
太い花の茎に何かが手狭に押し込まれている。あれは何だろう。何か植物ではないもの。生き物みたいだ。
あれがブリカッツォが言っていた悪魔だろうか。地上で生まれた悪魔なのか。
足を手で組んでいるが、その中にたくし込んでいた頭を上げ、目のようなものでこちらを見やった。その目は外の世界を、虚な目で見つめていた。
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