第9話 水神様
気がつくと目が眩む代わりに暗闇が広がっていた。
ここがどこか、はわかる。
私、湖に落ちたんだ。そう思った。しかし、息ができない事が怖いだとか、水の中が暗くて恐ろしいとかは思わなかった。
なぜだろう。意識がはっきりしていて、初めは目をつむっていたのに途中から開けた。見えた。水の中でではなく、普通に開けてる。息もできる。でも沈んでる。
マリアの身体は1つも浮かばずに、泡に包まれて湖の底へとゆっくり落ちて行った。
なぜ無事なんだろう。なぜ苦しくないのだろう。
あれはなんだろう。湖の底?でも明るい。水面にも届かない光が底の砂地を照らしている。照らしているのは魚の身体だ。たくさんの魚の身体が集まって光を放っている。
フナやどじょうやウナギ、ザリガニにミドリガメ、他にも様々な湖の住人達が集まって、いや違う。何かを取り囲むようにして細長い円を描いている。
と、それに見とれているうちに湖の底に着きそうだ。
マリアの足が泡越しに地面に着いた時、頭の側に小さなナマズが泳いで来て言った。
「湖に落ちた方でございますね。心配ご無用。地上にお返し致します。ただし記憶は消させてもらいますが」
「記憶?いつからの記憶を消すの?」マリアは訊いた。
「湖に落ちる小一時間前位まででございます」ナマズは丁寧にお辞儀をして言った。
「小一時間?それは困るわ。今悪者とやりあってる最中なんだから水を差さないでよね」
「私が魚だけにですかな。いやいや、すみません。なんせ規則なもんで」
「あれは?」マリアは魚が集まる方を指差して言った。どうやら、彼らが取り囲んでいるのは巨大な変わった魚というだけでなく、それがひっくり返っているようなのだ。
「あれですか。あれと言っちゃ何ですが。あれは父です。つまりこの湖の主。水神なんて呼ばれる事もあるのですが。ずっと川上から流れてくる人間や動物の血に精神を病んでしまい、あーやってひっくり返るか、暴れているのです」
「やはりあいつらが原因だったのね」
「あいつら。あなたはそいつらをご存知なのですか」
「今戦っている連中よ。奴らの仕業なの。湖に落とされたわ」
巨大なナマズの水神様は口をパクパクさせながらうなだれている。水の中の仲間は心配そうにそれを見ている。
「なんと。そうでしたか。お願いでございます。どうかそ奴らをやっつけて下さい。このまま父が発狂してしまえば我々はおろか、湖が消し飛んでしまいます」ナマズは困り顔でマリアに何度も頭を垂れた。
「もちろんそうするつもりよ。早く地上に戻してちょうだい」
「では記憶を・・・・・・」
「まどろっこしくなるわ!急ぐの。はやく」
「でも規則が」
「そんなの無視しなさいよ!有事よ」
「は、はい」ナマズはそう言うと、マリアの周りをひと回りした。そしてナマズの髭が揺らいだかと思うと、マリアはとてつもない勢いで、泡ごとジェット噴射のように地上に飛び上がって行った。
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